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【ミニコラム 第140号】「死了么」アプリが映し出す、中国の若者の不安

メールマガジン
2026年01月15日


 最近、「死了么(死んだ?)」という名前のスマートフォンアプリが、アップルストアの有料ランキングで1位となり、話題になりました。名前はかなり直接的ですが、機能自体は非常にシンプルで、毎日アプリ上でチェックインを行い、数日間アプリに動きがなければ、あらかじめ登録しておいた連絡先に自動でメールが送信される、という仕組みです。

 このアプリ名をめぐっては、さまざまな受け止め方が見られました。若い世代の中には、「死」をあえて正面から扱う点に意味を見いだす人もいる一方で、中高年層からは縁起が悪いという声も上がりました。また、名称がフードデリバリーアプリ「饿了么(お腹すいた?)」に似ているとして、違和感を覚える人も少なくありませんでした。

 こうした議論が渦巻く中、こうした反応を受けて、同アプリは1月13日、新バージョンからグローバルブランド名として「Demumu」を採用すると発表しました。海外メディアで取り上げられた後、海外での利用者数が増加していることを背景に、新名称では「De」を Death に由来させて死亡リスクを察知するという機能の核を保ちつつ、「mumu」という畳語によって重さを和らげ、あわせて旧名称が他社サービスと類似していることに伴う法的リスクを避ける狙いがあると説明しています。新しい中国語名については現在公募中で、決定まではこのグローバル名を使用するとしています。

 もっとも、このアプリが完成度の高いサービスかといえば、そうとは言い切れません。通知手段はメールに限られ、即時性に欠けるため、実際の緊急時に十分対応できるかどうかには不安が残ります。それでも有料ランキングの上位に立ったという事実からは、都市で一人暮らしをする若者たちが、「孤独死」という不安を現実の問題として受け止めている様子がうかがえます。これは感情的な反応というより、人とのつながりが弱まりやすい都市生活の中で生まれた状況の、ひとつの縮図といえるでしょう。

 日本をはじめとする高齢化社会では、「孤独死」はこれまで主に中高年層の課題として語られてきました。しかし近年では、その問題が若い世代にも広がりつつあります。その背景にあるのは、物理的な孤立と心理的な孤立が重なり合う構造であり、単なるアプリや気軽な声かけだけで解消できる問題ではありません。家族や地域、そして公共の仕組みが連携した支援のあり方が、あらためて求められているように思われます。

 

三石


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