キャスト中国ビジネス

~「仕組み」と「人」と「場」をつくる~人事と組織のマネジメントーー第39回 自己表現する(その2)

限定コンテンツ
2012年09月18日

株式会社 J&G HRアドバイザリー
代表取締役社長 篠崎正芳
 


現在の「和」の解釈が生む「安堵感」V.S.「心の葛藤」

 “和を以て貴しとなす”。当時の「和」の解釈(=先月号を参照)と大きく異なり、現在は、「角(カド)を立てず皆と仲良くする」「空気を読んで和を乱さないようにする」「自分の意見を飲みこんで(=殺して)集団の総意や流れに同調し従う」という解釈が一般的です。

 大学のキャリア教育でも、企業に好まれる学生創りに焦点が当たり、基本的スタンスとして、「周囲に同調することを恥じない」人材育成の傾向が強くなっているようです。その結果、雇用不安が深刻化する昨今では、入社と同時に自分を押しださず同調する行動をとることに「安定感」「安心感」「安堵感」を抱き、そもそも人間として“不自然な”行動をとることが生きていく術であると信じて疑わない社員を時間の経過とともに作り出していくことになるのです。

 他方、このような教育スタンスに照らすと皮肉なことなのですが、企業に入社することができた学生の多くが一時期、ひとりの人間として「心の葛藤」を抱えてしまうのも事実なのです。その決定的な原因は「自己表現力の低さ」です。学生時代をとおして自分の考えを率直に表現することに不慣れなため、「理由もわからず従わなければいけない」「納得できるまで質問することが怖くてできない」「理不尽と感じることを受け入れざるをえない」というような現実に直面し、「これで本当にいいのだろうか?」と最初の3年~5年間、悩んでしまう若手社員が少なからずいるのが現実なのです。

3つの人材タイプ

 日本企業で働く社員は、このような「心の葛藤」の時期を経て徐々に3つのタイプの人材に分かれていきます。「2・6・2の原則」では、①が6割、②と③が2割というイメージです。

① 感覚が麻痺していく人材
 「会社に雇用され続ける」ことが職業人生の大きな動機になる人材です。角を立てず周囲に同調することに心地よさを感じ、徐々に若い頃に感じた素直な「心の葛藤」を「若気の至り」「未熟さ」という言葉で消去していくことになります。

②同調し同化しない人材
 「(されど)自分らしさを失わずに生きる」ことが職業人生の大きな動機になる人材です。同調よりも自分の考えや意見を率直に表現することに重きを置くことになりますので、社内では「変わった奴」というレッテルを貼られやすくなります。あるいは、社内で“損”をしながら生きていくよりも社外に自己実現の場を求め転職する人材も一部含まれます。

③器用に自分を押しだす人材
 「会社の中で役職を昇りつめる」ことが職業人生の大きな動機になる人材です。ほとんどのサラリーマンが一度はこの動機を持つことになりますが、その多くは徐々に①のタイプに“静かに”転じていき、実際のところ③のタイプの人材は少数なのが実状です。このタイプの人材は、周囲の人から「行動が姑息だ」「行動が醜い」「我儘だ」というような印象をもたれる“瞬間”もあります。しかし、動機の原点である「上昇志向」や、押し出し、引き際、攻めどころ、守りどころなどの「状況判断力」が優れていることが、昇進・昇格という結果の事実を支えていくことになります。

海外で活躍できる人材タイプは?

 さて、このような3つのタイプの人材が海外拠点に派遣された場合、活躍できる人材はどのタイプでしょうか?答えは、①②③全てのタイプの中にいる、ということです。外国人の感覚に最も近く、対等に対話ができそうな人材は②のタイプですが、本社で「変人」扱いされ心が屈折して偏屈になっていないことが海外で活躍できる条件となるでしょう。①と③のタイプは「日本での思考と行動は海外ではうまく機能しないのだ」ということにハッと「気づく」ことが条件になります。③のタイプはそもそも「上昇志向」と「状況判断力」が優れているため、「気づく」確率が高まりますが、①のタイプは「気づき」に時間がかかると思います。しかし、①のタイプは人口が多いので、その変容に大きな期待を寄せたいものです。

日本での行動習慣の特徴

 日本では「同調すること」は「和を乱さない行動」として認知され、多くの日本人ビジネスパーソンが無意識のうちにこのような行動を習慣として身につけています。会社で優秀とされている③のタイプの人材は機を見計らって器用に自分を押し出しますが、その頻度は低く、周囲へ気をつかいすぎるあまり自己表現の内容の論理的明快さは決して高いとはいえません。さらに、このタイプが自己表現するときの前提の特徴は「反対されることがほとんどない」ということです。いわゆる「根回し」による結論先にありきの状況を作った上で「賛成票をとりつけるための自己表現」となることが多いのです。従って、出たとこ勝負や乱打戦の議論には弱く、このような場では発言の少ない物静かな人に化してしまう傾向が強いです。

海外で求められる行動習慣の特徴

 一方で、海外拠点では現地人材と目線を合わせ、対等な対話をとおして仕事をすることが求められます。そのためには、現地に派遣される日本人ビジネスパーソンは日本で仕事をしていた時と異なり、自分の考えや意見を適切に表現することを大前提にしなければいけません。また、自己表現する頻度も高く、内容も論理的に明快にする必要があります。さらに、自己表現するときの前提の特徴は、日本人同士の場合と異なり、「賛成されることもあれば反対されることもある」ということに変わります。いざという時、ここぞという時に反対されることに慣れていない日本人ビジネスパーソンにとって、この前提に立つことは大変大きなチャレンジになります。場合によっては恐怖感を抱くことにすらなります。
海外では、どれだけ適切に自己表現できたか?様々な質問に対してどれだけ適切に回答し説得できたか?多様な考えや意見を引き出し、そして、とりまとめ、どれだけ納得感の高い合意を形成できたか?というようなことがリーダーとしてリスペクトされるかどうかの決め手になるのです。

今日から準備!

 日本人ビジネスパーソンが海外(特に中国、アジア)に派遣されると、その瞬間、現地人材との関係においては、「同調する」のではなく「伝える」という行動に転じます。「伝える」ためには、自己表現力が伴わなければ説明も議論も確認も危うくなります。しかし、日本での行動原則が「同調」ですので、そもそも日本人ビジネスパーソンの自己表現力の質は決して高いとはいえません。この事実と実態を踏まえて、日本人ビジネスパーソンは海外に派遣されることが決まった段階、あるいは、それ以前から、「自己表現」の習慣を身につけるべく準備しておくことが大切です。


 そもそも、日本人は他国の人と比べて宗教、人種、民族、言語の点で客観的に「同質性」が高いです。そのため、多文化対応力がどうしても低くなってしまうのですが、現在の「和」の解釈は、日本人の「思考と行動」の点においても「同質性」を高めてしまうことになってしまいます。日本の企業社会で、グローバル人材教育が本質的になかなか前進しないのは、このようなことが大きな足枷になっていると十分考えられます。

 

最新関連コンテンツ