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中国で初めての個人破産制度が深センで先行開始~《深セン経済特区個人破産条例》

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2021年03月11日

中国で初めての個人破産制度が深センで先行開始
~《深セン経済特区個人破産条例》
 

   執筆者:弁護士法人キャストグローバル                       
        日本国弁護士・中小企業診断士  金藤 力   
 

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1、3月1日から施行(既に施行されています)

 2021年3月1日から、《深セン経済特区個人破産条例》【1】(以下「本条例」といいます。)が施行されました。この条例は、2020年8月31日に発布されていましたので、遅ればせながらのご紹介となりますが、重大なテーマであるため正式施行を見極めてからとなりましたこと、ご容赦ください。
 これまで中国では個人の破産制度がなかったこと、及びこれによる個人の行動の違いについては、書籍でもご紹介していたところです【2】。今回、深セン市に限定されたものですが、ついに個人の破産制度が始まったことで何らかの変化が生まれるのかどうか、私自身、個人的には非常に興味を持っています。

2、全国に先駆けてモデルケースとして実施
 本条例の解読【3】では、現在、全人代法制工作委員会においても《企業破産法》を改正して個人破産制度の原則的規定を盛り込むことが検討されており、深センでの今回の本条例は国が将来、個人破産法の制定を模索し経験を積むことにも役立ち、深センの先行モデル地区としての作用を十分発揮するものであるとしています。本条例は2020年4月28日に深セン市人民代表大会の審議に上程され、2020年6月18日から意見募集が行われて、2020年8月31日には公布に至っています【4】。このように比較的短期間で正式公布に至っていることからも、本条例の必要性がうかがえるように思います。

中国法令・事例情報ワークショップ資料(2020年5月第1週分)より:
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3、本条例の注目点
 本条例は、個人破産について中国で初めて正式に公布された規定であるため、多くの注目すべき点がありますが、今回はその中から、私が個人的に特に重要と感じた3点をピックアップしてご紹介します。

(1)対象となる個人は深センの居住者
 まず、本条例によって個人破産手続を利用できる個人は、①深セン経済特区に居住し、且つ②深センの社会保険に連続で満3年間加入している者となります(本条例第2条)。つまり、本条例の恩恵を受けるために他地域から転居しても、直ちに個人破産手続を利用することはできません。
 また、生産経営・生活消費により債務弁済能力を喪失し又は資産が債務の全部を弁済するに不足することが要件となりますので、債務者個人が自己破産の申立てをする場合には収入や資産、債権債務の状況などの資料を提出することになります(本条例第8条)。
 なお、この対象者に対して50万元以上の期限到来済み債権を有する債権者も、破産清算の申立てを行うことができます(本条例第9条)。

(2)自由財産は20万元まで
 債務者個人について破産手続が始まった後、その基本的な生活を保障するために、一部の財産については破産財団に組み入れずに債務者自身のために残されることになります。日本の破産実務では「自由財産」と呼んでいますが、本条例では「豁免财产」(免除財産)と呼ばれています。日本では99万円以下の現金・預貯金などが対象となりますが、本条例では概ね累計で20万元を超えてはならないという制限となっており(本条例第36条)、単純に金額を見ると日本よりも多くの財産を債務者が手元に残すことができるようです。

(3)免責のための3年間の「考察期間」
 個人が破産手続に入ると、その後、免責の申立てができるようになりますが、日本と同じように、不法行為による損害賠償債務など一定の債務(日本では「非免責債権」と呼ばれます)や免責不許可事由のある場合には免責されないことになっています(本条例第97条、第98条)。
 本条例の特徴的な点として、「考察期間」という期間を設け、債務者はその間、引き続き裁判所が命じる消費制限等を遵守する義務を負い、その考査期間が満了しないと免責の申立てができるようにならないという制度になっています(本条例第96条、第100条)。また、この考察期間は破産宣告の日から3年となっていますが(本条例第95条)、債務の一部を弁済するとその比率によって考察期間が短縮されるようになっています。
 債務者の立場からすると、日本とは異なり、個人が破産手続に入った後も引き続きその個人の財産状況などに目を配っておく方が良さそうです。

4、破産事務管理署
 本条例に基づく破産手続では、基本的には企業の破産の場合と同じく、裁判所から選定された管財人が債務者の財産及び債務を調査し、財産を換価して債権者に配当するなどの職務を行うことになりますが(本条例第161条)、これとは別に、「破産事務管理部門」という市政府の部門が設けられて、管財人候補者名簿の作成や管財人の人選といった従来は裁判所が担ってきた業務のほかに、破産事務についての相談・援助サービスの提供や、破産詐欺などの違法行為の調査への協力、さらに破産情報登記・情報公開制度の実施などを担うこととなっています(本条例第155条)。
 この職務を担う機関として、深セン市では新たに「破産事務管理署」という機関が3月1日から運営を開始しており、全国で初めての個人破産事務管理機構となりました【5】。破産手続が裁判所のみならず政府機関と連携して処理されるというのは、これも中国ならではのことと思われます。

中国法令・事例情報ワークショップ資料(2021年3月第1週分)より:

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5、他の地域でも個人の破綻処理は活発になる見込み
 なお、深セン市以外の地区でも、個人破産制度の必要性は認識されており、広東省高級人民法院が2020年12月20日に発表したビジネス環境最適化にかかる破産審判の典型事例21件【6】では、東莞市における事例として、夫婦で経営していた会社の業績悪化により銀行3行に対する600万元近くの債務返済ができなくなった事例につき、執行裁判官が破産管財人に代わるような役割を果たし、財産の換価・債権者への分配を行い、さらに債権者・債務者の間で10年間にわたって3000元の生活費を超える収入を債務返済に充てる「執行和解協議」を締結させて、現在の法律制度の下で実質的な「個人破産」の和議手続を完了した事例が紹介されていました。

 他には、浙江省では2018年末から温州地区などで「個人債務集中整理」という個人破産と似たような効果をもたらす制度運用が試みられており【7】、また、江蘇省でも個人債務整理と呼ぶ手続で同様の試みが見られてきたところです【8】。

中国法令・事例情報ワークショップ資料(12月第4週分)より:

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 今後さらに他の地域でも、深セン市における本条例の施行状況に基づき、個人の破綻処理に関する制度の導入が進められていくことが見込まれます。
 全国に制度が普及する前であっても取引先が集中している地域や、重点取引先の所在地域においては、破綻処理に関する法令や実務の動向に気をつけておく方がよさそうです。

以上


 【1】中国語《深圳经济特区个人破产条例》。深セン市第6期人民代表大会常務委員会公告第208号。
http://www.szrd.gov.cn/szrd_zyfb/szrd_zyfb_cwhgb/202009/t20200901_19315925.htm(中国語)
【2】拙著「弁護士が語る中国ビジネスの勘所」第Ⅲ部 企業・取引制度 / 第2章4 個人の破産制度。
https://store.kinzai.jp/public/item/book/B/13517/(目次のみのご紹介ページです。)
【3】上記脚注に記載した本条例の掲載ページに、条文の続きで掲載されています。
【4】http://www.szrd.gov.cn/szrd_zyfb/szrd_zyfb_tzgg/202006/t20200602_19246539.htm(深セン人大網)
【5】http://www.chinalaw.gov.cn/Department/content/2021-03/02/599_3267251.html(司法部)
【6】http://www.fszjfy.gov.cn/pub/court_7/sifagongkai/pochanxinxigongkai/dianxinganli/202101/P020210127571002103067.pdf(佛山法院網掲載・PDFファイルp.10「五、」部分参照)
【7】https://www.chinacourt.org/article/detail/2020/12/id/5679935.shtml(中国法院網)
【8】 https://www.chinacourt.org/article/detail/2020/06/id/5254694.shtml(中国法院網)


 

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