《民法典》が成立、従来の《契約法》等は廃止へ
※ 本稿は、三井住友銀行「SMBC・中国レポート~法務編」に寄稿し、2020年7月17日に発行いただいたものです。 |
1. はじめに
2020年5月28日、第13期全国人民代表大会第3回会議において、《民法典》が採択されて成立した【1】。この新たな法律、《民法典》の施行日は2021年1月1日であるが、その施行と同時に、従来の関連法令である《婚姻法》、《相続法》、《民法通則》、《養子縁組法》、《担保法》、《契約法》、《物権法》、《権利侵害責任法》及び《民法総則》(《民法典》第1260条記載のとおり、各法律の成立順)については、いずれも廃止されることとなる。
《民法典》は、大きく7つの「編」から構成されており、以下のとおり、これらの廃止される法律の各条文を概ね取り込む形となっている。但し、実質的な内容が追加されている箇所もあるため、単に従来の法令を吸収・統一するにとどまるものではない。
その構成を概観すると、おおまかには下表のような対応関係になっている。
これにより、一般に契約書では冒頭に「《中華人民共和国契約法》等の関係法律法規に基づき・・・」等と記載されているところ、今後は、「《中華人民共和国民法典》等の関係法律法規に基づき・・・」と記載すべきこととなる(下線部を変更)。
このような形式的な変更を含め、改正に応じて各企業が取引の上で使用している契約書も見直す必要が生じることは考えられる。しかしながら、《民法典》による関連法令の改正内容を紹介しようと試みている中国語の新聞記事等を見ても、必ずしも正確でないものが流布しているようであり、これを見る限り、実務の見直しをしようとしても、どの部分を見直すべきなのか、正確に理解すること自体が相当の困難を伴うようにも思える。
そこで、本稿では、《民法典》の施行に伴って廃止される各法令との比較の観点から、《民法典》のポイントと思われる箇所を概観して紹介する(但し、《民法典》は1260ヵ条からなる大部のものであるため、ここで紹介するのは一部にとどまることに留意いただきたい)。
なお、以下、括弧内の条文番号は、特に記載がない限り《民法典》の条文番号を指す。
2. 第一編 総則
まず、《民法典》「第一編 総則」については、基本的に《民法総則》から変更がない。実質的な変更はわずかに、第34条で第4項(被監護者に関する臨時措置)を追加した部分のみであり(強いてあげれば、第110条第2項で「法人及び非法人組織は、名称権、名誉権、栄誉権等の権利を享有する」の『等の権利』が削除されたこと等細かな変更はあるものの)、他はほとんどが表現の修正に過ぎない。《民法総則》そのものが2017年に成立したばかりであることから、基本的に変更がないことは自然と言える。
逆に言えば、「第一編 総則」部分でこれ以外の箇所を「実質的改正」として取り上げている記事については、おそらく《民法総則》とその前身である《民法通則》を比較したものであり、今回の《民法典》に関するものではない。また、次に述べる《物権法》についても、例えば、「住宅建設用地使用権の存続期間満了後は自動延長されることとなった」という点を改正内容として挙げている記事も見られるが、これらは子細に条文の比較対照を行っておらず正確性を欠くものと理解し、鵜呑みにしないように留意する方が良いであろう。
3. 第二編 物権
《民法典》「第二編 物権」部分については、まず、物権法には無かった「居住権」という項目を新たに設けていることが目を引く(第366条~第371条)。ここにいう「居住権」とは、他人の住宅について、生活居住の必要を満たすべく「無償で」占有・使用する用益物権であり、登記の時に設定されるものとされる。また、同じく住宅の関係で言えば、従来から住宅建設用地使用権の期間が満了した場合には自動的に期間が継続されることになっていたが(《物権法》第149条)、さらに《民法典》ではその場合の費用の減免等についての規定が追加されている(第359条)。
《物権法》が公布・施行された2007年から10年以上が経ち、区分所有権のある建物が増えたためか、オーナーの建築物区分所有権に関する規定は《物権法》の14ヵ条(《物権法》第70条~第83条)から17ヵ条(《民法典》第271条~第287条)へと拡充されている。《物権法》と比較すると、緊急の必要がある場合の修繕積立金の利用(第281条第2項)、建設単位・物業サービス企業等が共有部分を利用して得た収入は合理的な原価を控除した後オーナーの共有に属すること(第282条)、政府による緊急対応措置への協力義務(第285条第2項)、オーナーの建設単位・物業サービス企業等に対する民事責任の追及(第287条)等の規定が追加されている。
所有権取得の特別規定(善意取得等)の部分では、「附合」に関する規定が新設されている(第322条)。この規定は、主に賃貸借やファイナンスリースにおいて、対象物件に内装を行う等何らかの動産を附合させて一体とさせた場合の所有権について問題となると考えられる【2】。賃借物件につき内装工事等を行った場合や、土地上に建物を建築する場合に地下配管等を設置するような場合が考えられるが、これを自社の固定資産として計上していても、物権という面では所有権を有していない場合も多い。この《民法典》第322条では、原則として当事者の約定に従い、約定がない場合は法律に従うものとしつつ、「法律に定めのない場合には、物の効用を十分に発揮させ、及び故意・過失のない当事者を保護するという原則に従いこれを確定する」とされており、社会的価値の維持・拡大を重視する中国ならではの規定であるように見える。
他には、《物権法》では抵当権が設定された不動産を売却する場合には「抵当権者の同意」が要求されており、これが日本法と異なる注意を要する点であったが(《物権法》第191条)、《民法典》第406条ではこれを改め、「抵当期間において、抵当権設定者は、抵当財産を譲渡することができる」、「抵当財産が譲渡された場合には、抵当権は、影響を受けない」と規定した。また、《物権法》と比較すると、《民法典》では同一の財産につき抵当権と質権が併存する場合の規定(第415条)、動産抵当の対象物の引渡後10日のうちに抵当登記がなされた場合の規定(第416条)等が追加されており、抵当権に関する実務にどのような影響が生じるかについても検討しておく方がよさそうである。
この他、あまり企業活動には関係しない項目かもしれないが、もともと《海島保護法》【3】第4条で規定されていた「住民がいない海上の島は、国家所有に属する」という規定も、新たに《民法典》の物権に関する規定に取り込まれている。実質的な改正ではないものの、尖閣諸島国有化をめぐって日中両国の関係が冷え込んだ時期を経験した方々にとっては興味を引くところではないだろうか(第248条)。
4. 第三編 契約 - 第1分編:通則
《民法典》「第三編 契約」部分における《契約法》からの改正点は、《契約法》の公布・施行が1999年であり、すでに20年が経過していることから、相当多数の追加・改正が見られる。ここではそのうちのいくつかを紹介するにとどめる。
(1)「拇印(指印)」による契約締結
もともと《契約法》第32条は当事者の「署名又は押印」の時に契約が成立するとしていたところ、《民法典》第490条では「署名、押印又は拇印を押す」時に契約が成立するとした。この「拇印」の押捺による方法は、もともと行政上の調査手続【4】や公証手続【5】等では署名や押印に代わる方法として明文で規定されていたが、企業活動においても従業員との労働契約等において署名とともに指印を押す運用も見られた。従来から、契約書が郵送されてくる場合等、署名が本人のものであるかどうか確認できないことによるトラブルが生じることがあったが、そのような場合、今後は指印を求める運用が考えられる。なお、非常に細かいことであるが、従来の他の法令では「捺(押捺する)指印」という表現で規定する例が多かったようであるが、今回は「按(押す)指印」とされており、指紋認証のような形で指紋を読み取ることも含む意図かもしれない。
(2)インターネットにおける契約の成立
《契約法》公布・施行からの20年で最も大きく世の中が変わったのがインターネット利用の進展であろう。《民法典》第491条においては、データ電子文書等による形式での契約成立についての条項(《契約法》第33条)に加えて、インターネット等の情報ネットワークを通じた商品又はサービスの情報が契約申込としての条件に適合する場合、取引相手がこれを選択してかつ注文(中国語「订单」)した時に契約が成立する(但し、当事者に別途の約定がある場合を除く)という規定を加えた。また、契約の履行に関する項目でも、新たにインターネット等を通じて成立した契約についての規定を設けている(第512条)。
(3)様式条項(定型契約、約款)についての規定の補充
企業活動においては、大量の取引を定型的・画一的に行って効率を高める必要から、定型的な契約フォーマットが用いられることが多い。このような定型化された契約条項を「様式条項(中国語「格式条款」)」と呼び、《契約法》第39条により責任を免除又は制限する重大な利害関係のある条項については書式提供者側に注意喚起及び説明の義務を課している。今回、《民法典》ではさらに、この条項につき相手方が「理解しなかった」場合についても、当該条項が契約内容にならないと主張できると規定した(第496条)。
この点については、実務的に果たして従来どおり、機械的に「閲読し、理解しました」というチェックボックスに印をつけさせた上で署名させたり同意ボタンをクリックさせたりすることで足りるのか、それとも、さらに「理解した」ことを裏付ける何らかの措置が必要であるのか、業種や取引形態によって差が生じることもありそうであり、具体的な対応については検討しておいた方がよさそうである。
(4)債権者代位権や詐害行為取消権についての規定を拡充
今回の《民法典》では、「契約の履行」と「契約の変更及び譲渡」という項目の間に「契約の保全」という項目を追加し、いわゆる債権者代位権や詐害行為取消権についての規定を《契約法》に比べて拡充している(《民法典》第536条~539条)。
(5)債権譲渡、債務移転についての規定の拡充
債権譲渡や債務引受については、日本と中国では法律規定も実務運用も異なることから、従来からトラブルが生じがちな部分であった。
今回の《民法典》では、債権譲渡禁止特約に関し、非金銭債権の場合は「善意の第三者」に対抗できない、金銭債権の場合は「第三者」に対抗できないとの規定を追加している(第545条)。すなわち、金銭債権についての譲渡禁止特約は、文理上、債権譲受人が譲渡禁止特約を知っていてもその債権譲受人に対抗できず、実際には当事者間でしか効力を有しないことになる。これはおそらく、資産としての債権を担保とした資金調達の便宜に配慮したものであろう。しかしながら、①債権譲渡の有無が不明確であるとき支払先を誤るトラブルが多発する懸念があり、②契約関係と物流、資金決済の当事者が一致することを要求する税務上の原則との関係でも支障を生じそうである。また、債務の移転については、債務者が債権者に対して合理的期間内に債務移転の同意を催告することに関する規定(第551条)、第三者が債務者に加わることに関する規定(第552条)等が拡充されている。
(6)その他
その他、《契約法》と比較すると、以下のような変更が見られるが、これですべてではなく、変更内容はかなり多岐に及ぶ。もっとも脚注にて付記するとおり、従来の司法解釈ですでに規定されていた内容を取り入れたに過ぎない項目もあり、今回の《民法典》によってどの部分が改正されたのかを正確に選別するにはさらなる整理を待つ必要がある。
● 契約の予約に関する規定の追加(第495条)【6】
● 公開方式による懸賞において一定の行為を完了した者による報酬請求権の規定を追加(第499条)【7】
● 経営範囲を超えたことのみをもって契約を無効としない旨の規定を追加(第505条)【8】
● 契約履行において資源の浪費、環境破壊及び生態系破壊を避ける義務を追加(第509条)
● 品質の約定が不明である場合の国家基準と業界標準の適用順序の明確化(第511条)
● 連帯債権及び連帯債務等複数の当事者がある場合に関する規定を追加(第517条~)
● 事情変更に関する規定を追加(第533条)【9】
● 解除権の行使期間につき、解除事由を知り又は知るべき時から1年と明記(第564条)
● 供託について、目的物の換価代金による供託を認める規定を追加(第571条)【10】
● 手付についての規定を《契約法》及び《担保法》から統合(第586条~第588条)【11】
なお、比較的よく問題となる契約の無効事由については、《契約法》第52条各号で定められていたところ、《民法典》では第146条、第153条、第154条に分けて規定されているが、上述のとおり《民法総則》からそのまま《民法典》に取り込まれたに過ぎない部分であり、今回の《民法典》での変更はない。
5. 第三編 契約 - 第2分編:典型契約
もともと《契約法》では、売買、電気・水等供給、贈与、金銭消費貸借、賃貸借、ファイナンスリース、請負、建設工事、運送(旅客・貨物・複合)、技術(開発・譲渡・サービス)、寄託(中国語「保管」)、倉庫保管(中国語「仓储」)、委託、取次、仲立(中国語「居间」)といった典型契約を列挙していたが、今回の《民法典》ではさらに、保証契約(第13章)、ファクタリング契約(第16章)、物業(不動産管理)サービス契約(第24章)及び組合(パートナーシップ)契約(第27章)が追加された。
なお、仲介(中国語「中介」)契約(第26章)も《契約法》には無かった項目であるが、これは「仲立(中国語「居间」)」という用語が使われていたものを、より実務で多く使われている(と筆者が体感している)「仲介」という用語に改めたに過ぎない部分がほとんどである。但し、《民法典》第965条では、仲介人の提供した取引機会又は媒介サービスを利用して仲介人を介さずに直接に契約を締結した場合に仲介報酬を支払わなければならない旨の明文規定が追加されている。その他の事項につき委託契約の規定を参照する旨の第966条も《契約法》にはなかった規定である。他に若干の表現の修正がある。
以下、まずこれら追加された契約類型についての規定を紹介する。
(1)保証契約(第681条~第702条)
基本的には《担保法》及びその司法解釈【12】で従来から規定されている内容であるが、例えば、債権譲渡を行う場合に保証人への通知も行わなければその譲渡は保証人に対する効力を生じないものとされたこと(第696条第1項)【13】等若干の変更が見られる。
一点、非常に危険性が高いと思われる改正点として、従来は保証方式につき明確な約定がない場合、連帯保証として責任を負うとされていた(《担保法》第19条)のに対して、《民法典》では、連帯保証ではなく一般保証としての責任を負うにとどまるものとされた(第686条)。これにより、債権者はまず主債務者に対して債務の弁済履行を請求して履行能力がないこと等の一定の事由を証明しなければ、保証人に対する請求ができなくなってしまうことになる(第687条)。実務上は保証契約には連帯保証である旨が記載されるのが通常であるとはいえ、債権者側にとっては非常に事故が起こりやすい状況となる(次に述べる念書のような形である場合は、特に留意が必要であろう)。
この他、従来、《担保法》第15条が保証契約の内容につき法定記載事項を列挙していたため、一部の記載事項が欠けた場合に保証契約としての効力に疑義が生じる場面もあったところ、《民法典》では「一般に...等の事項を含む」という表現に改められた。これにより、記載事項の一部が不足している場合でもそのことによって保証契約自体が無効になる場面は減ると思われる。但し、日系企業においては「保証人はこの契約に関する一切の債務につき保証する」といった一行限りの念書のような書類をもって保証責任を追及しようとする例もときおり見られるところであるため、中国法において保証契約と認められるためには一定の記載事項を満たすべきであるという点は改めて留意されたい。特に、繰り返しになるが、「(一般保証ではなく)連帯保証であること」は必ず明記すべき事項として理解しておくべきである。
なお、根保証に関しては、保証に関する規定の他に、根抵当の規定を適用する旨が明記された(第690条)。
(2)ファクタリング契約(第761条~第769条)
ファクタリング契約については、これまで明確にその性質を定めた法律は存在しておらず、訴訟でこれが争われる場合にも対応する事件名(中国語「案由」)もなく、融資・保証契約として処理されたり、債権譲渡契約として処理されたりしていたようである。《民法典》ではファクタリング契約を「未収債権の債権者が現在又は将来有する未収債権をファクタリング引受人(中国語「保理人」)に譲渡し、ファクタリング引受人が資金融通や未収債権の管理・督促、支払保証等を提供する契約」と定義し(第761条)、合わせて複数のファクタリング契約があるときは未収金についての登記の有無・先後により順位を決すること(第768条)、規定がない場合は債権譲渡の関係規定を適用すること(第769条)等のルールを明確にした。この他、当事者の約定によってリコース型(第766条)とノンリコース型(第767条)に分かれ、債務者からの超過回収額の帰属が異なること等が規定されている。
(3)物業(不動産管理)サービス契約(第937条~第950条)
物業サービス契約とは、オーナーのために建築物及びその附属施設のメンテナンス、環境衛生、関係秩序の維持・管理等の不動産管理業務を行い、これに対してオーナーが物業費を支払う契約である(第937条)。これには《物業管理条例》に定めるとおり、オーナー及びオーナー総会が物業サービス会社を選定する前に建設会社が物業サービスを委託する「前期物業管理」と、その後、オーナー総会が発足して物業サービスを選定する通常の物業管理サービスがあるが、《民法典》では、オーナー総会による物業サービス契約締結の時点で「前期物業管理」は終了すること(第940条)【14】等の規定を置いている。
不動産関連事業を営む企業以外にはあまりかかわりがないと思われるため、詳細な分析は省略する。
(4)組合(パートナーシップ)契約
「組合(中国語「合伙」)」については、《契約法》には規定がなかったものの、《民法通則》では若干の規定が設けられていた(《民法通則》第30条~第35条)。
「組合」には日本と同じように法人形式と非法人形式の2種があり、法人形式が採られる場合は《組合企業法》が普通組合企業と有限組合企業の2種の組合企業について詳細に定めている。したがって、《民法典》が適用されるのは主に非法人形式の組合契約についての場面となるものと想定される。例えば、組合員が出資し又は組合事務により得た収益その他の財産は組合財産となるが、《民法通則》ではこれを「共有」とだけ規定していたところ(《民法通則》第32条)、《民法典》ではさらに進んで、「組合契約終了前は、組合員は組合財産の分割を求めてはならない」という規定が設けられた。
その他、若干の規定が追加されているが、日系企業の事業活動においては自ら利用する機会は少ないと思われ、また法人形式の組合企業との取引を行うことはあっても、非法人形式の組合との取引が行われる機会もほとんどないと思われるため、詳細は割愛する。
(5)その他、売買、請負等既存の典型契約に関する改正
売買、賃貸借、請負等従来からある契約についての規定も、《民法典》で新設又は改正された規定が多数あり、そのうちには企業活動の実務にも影響しそうな部分が相当あるようである。例えば、以下のような規定が追加されている(但し、従来の関連法令や司法解釈ですでに規定されていたものも多数含まれている。そのうち筆者が確認できたものは脚注に記載した)。
【売買】
● 目的物の瑕疵についての責任を免除・軽減する約定がある場合でも、売主が故意又は重過失により買主にその瑕疵を告知しなかった場合、売主はその責任の免除・軽減を主張できない(第618条)
● 目的物につき法律法規又は約定により有効使用期限満了後に回収すべきものは、売主が自ら又は第三者に委託して回収する義務を負う(第625条)
● 代金の分割払につき支払遅延が価格総額の5分の1を超え、かつ催告を経て合理的期間内に支払がない場合、売主は一括支払又は解除を請求できる(第634条)(下線部を追加)
● 試用売買において試用期間中に目的物を転売・転貸した場合、購入に同意したものみなす(第638条)【16】
● 売買契約における所有権留保の約定は、登記がなければ善意の第三者に対抗できない(第641条)
【金銭消費貸借】
● 金銭消費貸借契約で利息につき約定がない場合、利息がないものとみなす(同上)
● 自然人の間での金銭消費貸借契約は、利息がないものとみなす(同上)
【賃貸借】
● 転貸借についての規定を追加(第717条~第719条)【17】
● 賃貸物件が売却される場合の賃借人の優先買取権についての規定を拡充(第726条~第728条)【18】
● 賃貸借期間満了時に建物賃借人が同等条件で優先的に賃借できる権利を規定(第734条)
【ファイナンスリース】
● レッサーが正当な理由なくリース物件を回収したとき等の賠償責任を規定(第748条)【19】
● リース期間満了時にリース物件がレッサー所有に帰する約定があり、毀損・滅失又は附合・混合により返還不能となった場合、レッサーは合理的賠償を請求できる(第758条)
● リース期間満了時にレッシーが象徴性の価格のみを支払う約定がある場合は、リース料の支払完了後、リース物件はレッシーの所有に帰するものとみなす(第759条)
【請負】
● 建設工事請負契約の解除事由についての規定を追加(第806条)【21】
【運送】
● 旅客運送で運送人が正常に運行できない場合の旅客への通知義務等を追加(第820条)
【技術】
● 共同開発で生じた発明創造につき共有となる特許に関して、共有者の優先買取権につき、「当事者が別途約定する場合を除く」との但書を追加(第860条)
● ノウハウのライセンス契約が「技術譲渡」ではなく「技術ライセンス契約」であることを明確化(第863条)【23】
● ノウハウの譲渡人又はライセンサーが技術資料の提供や技術指導を行うとともに秘密保持義務を負う旨の規定に追加して、この秘密保持義務がライセンサーによる特許申請を制限しないことを規定(第868条)
● 技術コンサルティング又は技術サービス契約において正常な業務遂行に必要な費用につき約定がなく又は約定が不明確な場合、受託者が負担する(第886条)【24】
【寄託/倉庫保管】
【委託】
【取次】
上述は筆者が廃止法令との初歩的な比較を通じて気づいた部分を取り上げたものであり、これ以外に実質的に従来からのルールが変更されている部分もある。
例えば、技術契約に関して、「不法に技術を独占し、技術進歩を妨害し、又は他人の技術成果を侵害する技術契約は、無効とする」としていた《契約法》第329条について、《民法典》では下線部が削除された。しかし、この《契約法》第329条にいう「不法に技術を独占し、技術進歩を妨害する」という要件は司法解釈【25】では一体として6つの約定が禁止されるものとして例示列挙されていたところ、「技術進歩を妨害」という部分だけが削除された結果、例えば、ライセンス契約においてライセンシーに対して課す各種制限条項が従来よりも広く許容されることになるのか、それとも実質的には変化がないのか、この改正条文だけでは判断ができない。
また、所有権留保に関して、上述のように《民法典》では登記を善意の第三者に対抗するための条件として求めているが、従来の登記制度及び運用とは異なるように思われ、新たに所有権留保に関するものが創設される趣旨であるのかどうか不明である。所有権留保については、従来から中国独自のルール(例えば、代金の75%以上が支払われた後は所有者が目的物を取り戻すことができない)【26】が存在するが、もし実務上、売買契約における所有権留保につき逐一の登記を行うことを前提にしなければならなくなるとすれば、それなりに重大な改正であるように思われる。
このように、《民法典》における条文の文言変更は、表面上はわずかな文言の変更であっても、企業活動の実務に影響することが予想されるものがある。これらについて、筆者の限られた能力ではすべての影響を見通して紹介することはできないため、今後さらに具体的な事例等を検討することを通じて理解を深めていくことをお勧めしたい。
6. 第三編 契約 - 第3分編:準契約
《民法典》では、契約編に「事務管理」(第979条~第984条)と「不当利得」(第985条~第988条)の2つの項目を追加した。これらについては、もともと《契約法》には規定がなく、わずかに《民法通則》及び《民法総則》に各1ヵ条の条文【27】が置かれていたに過ぎない。
事務管理については、例えば、受益者に通知が可能な場合は直ちに受益者に通知すべきこと(第982条)、事後に受益者の追認を得た場合は管理事務の開始のときから委託契約の規定が適用されること(第984条)、管理の中断が受益者に不利となる場合には理由なく中断してはならないこと(第981条)等の規定が追加されている。
不当利得については、①道徳的義務の履行として給付したもの、②債務の期限前弁済、③明らかに給付義務がないことを知りながら行った債務弁済については、不当利得返還請求権を発生させないこと(第985条)、利得者が取得した利益をすでに費消した場合は法律上の根拠なく取得したことにつき知り又は知るべきであったか否かを基準として処理が分かれること(第986条、第987条)等が規定された。
7. 第四編 人格権
「人格権」とは、《民法総則》第110条で列挙されていた(そして《民法典》第110条でも同様に列挙されている)「生命権、身体権、健康権、氏名権、肖像権、名誉権、栄誉権、プライバシー権、婚姻自主権等の権利」を総称したものである(《民法典》第990条)。《民法通則》では「人身権(中国語「人身权」)」と称されていた【28】。したがって、何らかの新たな権利を新設したわけではないが、新たに独立した章立てとしたことで、プライバシー等の権利を重視する立法者の姿勢が示されたものとして報道では注目されている。
内容に目を向けると、廃止される各法令にはなかった条文が多数新設されている。そのうち、特に目を引くものとしては以下のものがある(繰り返し、従来の関連法令や司法解釈ですでに規定されていたものも含まれる点に留意されたい)。
とりわけ、プライバシー及び個人情報の部分については、企業活動に大きな影響を与える可能性があるため、今一度、自社における個人情報の取扱について見直す契機とすべきと思われる。
(1)生命権、身体権及び健康権
● 自主決定による無償での人体細胞、人体組織、人体器官、遺体の提供は書面又は遺言による。本人が生前に不同意の意思表示をしていなければ遺族による提供も可能(第1006条)
● 臨床試験を行う際には主管部門の認可及び倫理委員会の同意とともに、被験者への説明を行い、同意を得る必要がある。また、被験者から費用を収受してはならない(第1008条)
● セクシャル・ハラスメントにつき、機関・企業・学校等は合理的な予防・苦情処理等の措置を講ずる義務がある(第1010条)
(2)氏名権又は名称権
(3)肖像権
● 自然人の「声」も肖像権保護の規定を参照して適用する(第1023条)
(4)名誉権及び栄誉権
● 事実でない報道等についてのメディアへの是正・削除請求(第1028条)
(5)プライバシー権及び個人情報保護
● 生活の安寧への干渉、プライベートな空間・活動・部位・情報への侵入・盗撮等を禁止行為として列挙(第1033条)
● 自然人は情報処理者に対して自らの個人情報の査閲・複製を請求できる(第1037条第1項)
● 情報処理者は収集・保管する個人情報を漏洩・改ざんしてはならない。また、同意なく第三者に開示してはならないが、加工を経て個人の特定・識別が不能かつ復元できないものを除く(第1038条第1項)
● 個人情報の漏洩・改ざん・紛失が発生したか又は発生の可能性がある場合、直ちに救済措置を講じなければならず、規定に従って自然人に告知するともに関係主管部門に対して報告しなければならない(第1038条第2項)
余談であるが、第1032条及び第1033条の文言から見ると、あくまでも「プライベートな(中国語「私密」)」空間・活動・情報をプライバシー権による保護対象としているため、いったんプライベートな空間を出て屋外にいる限り、無断で第三者に撮影されたとしてもプライバシー権の侵害、違法な「盗撮」ではないと解釈するのだろうかという疑問が湧く。移動情報等の個人情報保護、又は肖像権保護等別途の権利保護によって解決するのかもしれないが、周知のとおり監視カメラ等による情報収集が先進国の中でも相当進んでいる中国において、プライバシーや個人情報の扱いは今後も重要と考えられる。
8. 第五編 婚姻・家庭 / 第六編 相続
《民法典》には、家族法及び相続法に関する《婚姻法》・《養子縁組法》、《相続法》も取り込まれた。
これに伴う実質的な改正点もある。家族法では、新聞報道でも頻繁に「離婚のクーリング・オフ」等として取り上げられている、離婚登記の申請後30日以内は夫婦いずれの一方もその離婚登記の申請を撤回することができるという規定も新設された(第1077条)。その他に、DNA鑑定による親子関係否認の訴えに関する規定(第1073条)や、満2歳未満の子については、離婚時は母親による扶養を原則とする旨の規定(第1084条)等がある。相続についても、法定相続人について第二順位である兄弟姉妹が被相続人よりも先に死亡した場合はその兄弟姉妹の子が相続人となる旨の規定(第1128条第2項)、遺言について録音・録画による遺言を新たな方式として認めた規定(第1137条)等が注目される。
ただ、日系企業の事業活動にはあまりかかわりがない部分と思われるため、本稿では詳細は割愛する。
9. 第七編 権利侵害責任
権利侵害責任(日本法にいう不法行為責任)については、基本的に《権利侵害責任法》の各規定を踏襲している。条文構成の面から見ても、総論の部分で若干の条文位置の変更はあるものの、各論部分では製造物責任、自動車交通事故責任、医療事故責任、環境汚染責任、高度危険責任、ペット飼育者責任、建築物責任と続く大枠の構成は《民法典》でも変わりない。
内容に目を向けると、まず、「自力救済(中国語「自助行为」)」に関する規定が新設されており、これは企業活動への影響が大きくなる可能性がある(第1177条)。日本でいえば正当防衛という位置づけであるが、「適法な権益が侵害を受け、状況が切迫し、かつ直ちに国家機関の保護を得ることができず、直ちに措置を講じなければその権益に補填しがたい損害を受ける場合」に、被害者が侵害者の財物を取り押さえる等の合理的な措置を講じてよいとするものである。条文の文面だけを見ると特段奇異に感じるところはないが、中国では当事者はそれぞれ独自の見解を主張することが通例であるから、この新たな規定がどのように使われるのかは少し注意が必要なように思われる。
他には、ネットワークユーザーによるネット上の権利侵害行為についての通報処理に関する規定(知的財産に限らない)(第1195条)【29】、故意の環境汚染につき懲罰的賠償を認める規定(第1232条)、環境汚染者に対する国家機関による損害賠償請求に関する規定(第1235条)等が企業活動に関係すると思われる。その他若干の改正があるが、詳細は割愛する。
10. おわりに
本稿では、当職が一読した限りの速報として、まずは廃止される各法令における基本的な条項との対比の観点で、《民法典》のいくつかの条文について紹介した。しかしながら、従来のルールは法律法規や司法解釈、さらには最高人民法院の指導案例等に分散して定められていたものであり、具体的にどの部分が実務に影響がある変更であるのか、未だ正確に整理された情報を見出すに至っていない。
さらに、繰り返しになるが、本稿執筆時点(6月25日時点)までの新聞報道等では、内容の紹介が不正確・不十分なものも多く含まれている。「拙速は巧緻に勝る」という中国ならではの商習慣とは、法律専門家の分野も無縁ではいられないのかもしれないが、企業活動に影響する部分については正確な情報に基づいて見直しの要否を判断いただくべきであろう。
今後もさまざまな情報が各所から発信されてくると思われるため、自社にとって重要な部分については新聞記事等を鵜呑みにせずに、逐一、《民法典》の条文と従来の関連規定を比較して確認の上対応されることをお勧めしたい。
一方で、これから中国法に取り組もうとする若手の方々にとっては、この《民法典》の施行に向けて、現在の中国民事法上のルールを整理して理解するには非常に良い機会になるのではないかと思われるので、この機会を有効に活用いただくことを希望している。
以上
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【1】http://www.npc.gov.cn/npc/c30834/202006/75ba6483b8344591abd07917e1d25cc8.shtml(全人代Webサイト)
【2】従来は《都市・鎮建物賃貸借契約紛争事件を審理する際の具体的な法律適用にかかる若干の問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2009]11号)、《ファイナンスリース契約紛争事件を審理する際の法律適用にかかる問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2014]3号)等で規定されていた。
【3】2009年12月26日公布、2010年3月1日施行。 http://www.gov.cn/flfg/2009-12/26/content_1497461.htm
【4】例として、《税関行政処罰事件取扱手続規定(2014年)》第31条第2項等。
【5】《公証手続規則》
第17条2、 申請人は、申請表に署名し、又は押印しなければならない。署名及び押印することができない場合には、本人が指印を押捺する。 |
【6】《売買契約紛争事件を審理する際の法律適用問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2012]8号)第2条で売買契約の予約については規定があったが、これを契約全般の通則に取り入れている。
【7】《「契約法」の適用の若干の問題に関する最高人民法院の解釈(2)》(法釈[2009]5号)第3条で規定されていた内容。
【8】《「契約法」の適用の若干の問題に関する最高人民法院の解釈(1)》(法釈[1999]19号)第10条で規定されていた内容。
【9】《「契約法」の適用の若干の問題に関する最高人民法院の解釈(2)》(法釈[2009]5号)第26条で規定されていた内容。
【10】《「契約法」の適用の若干の問題に関する最高人民法院の解釈(2)》(法釈[2009]5号)第25条で規定されていた内容。
【11】もともと《契約法》第115条、第116条及び《担保法》第89条~第91条の両方に規定があり、これを統合した。
【12】《「担保法」の適用にかかる若干の問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2000]44号)
【13】従来の《「担保法」の適用にかかる若干の問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2000]44号)第28条では、「保証期間において、債権者が法により主債権を第三者に譲渡した場合には、保証債権は同時に譲渡され、保証人は原保証担保の範囲内において譲受人に対し保証責任を負う」とされていた。
【14】なお、この規定は、《物業管理条例(2018年改正)》第26条を踏襲している。
【15】《売買契約紛争事件を審理する際の法律適用問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2012]8号)第12条第1項の規定を《民法典》に取り込んだもの。
【16】《売買契約紛争事件を審理する際の法律適用問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2012]8号)第41条第2項の規定を《民法典》に取り込んだもの。
【17】《都市・鎮建物賃貸借契約紛争事件を審理する際の具体的な法律適用にかかる若干の問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2009]11号)第15条~第17条の規定を《民法典》に取り込んだもの。
【18】第726条は《都市・鎮建物賃貸借契約紛争事件を審理する際の具体的な法律適用にかかる若干の問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2009]11号)第24条(1)~(3)の各事由、第727条は同解釈の第23条、第728条は同解釈の第21条の規定をそれぞれ《民法典》に取り込んだもの。
【19】《ファイナンスリース契約紛争事件を審理する際の法律適用にかかる問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2014]3号)第17条の規定を《民法典》に取り込んだもの。
【20】《建設工事施工契約紛争事件を審理する際の法律適用問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2004]14号)第2条、第3条の規定を《民法典》に取り込んだもの。
【21】《建設工事施工契約紛争事件を審理する際の法律適用問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2004]14号)第8条~第10条の規定から、一部を《民法典》に取り込んだもの。
【22】《契約法》第326条で「法人その他組織は、当該職務技術成果の使用及び譲渡により取得する収益の中から一定比率を算出して、当該職務技術成果を完成させた個人に対し報奨又は報酬を与えなければならない」と規定されていた部分が削除された。これが他の規定(《民法典》第849条、《契約法》第328条等)に委ねる趣旨であるのか、それとも報奨又は報酬を付与する義務そのものが今後はなくなるという趣旨なのか、直ちには判断がつかない。
【23】《契約法》第342条では、技術譲渡契約に含まれるものとして「特許権譲渡、特許出願権譲渡、技術秘密譲渡及び特許実施許諾契約」の4つが列挙されていたが、ノウハウライセンス契約に「技術秘密譲渡」に関する規定が適用されるのかどうか分かりにくい部分があった。今回の《民法典》でこの点が明確化された。
【24】《技術契約紛争事件を審理する際の法律適用にかかる若干の問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2004]20号)第31条第1項及び第35条第1項で定められていた内容を《民法典》に取り込んだもの。
【25】《技術契約紛争事件を審理する際の法律適用にかかる若干の問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2004]20号)第10条。
【26】《売買契約紛争事件を審理する際の法律適用問題に関する最高人民法院の解釈》(法釈[2012]8号)第36条。
【27】《民法総則》第121条、第122条。《民法通則》第92条、第93条。
【28】《民法通則》第98条~第103条。
【29】《電子商取引法》第42条、第45条を合わせたような規定となっている。