執筆者:弁護士法人キャスト
弁護士・中小企業診断士 金藤 力
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【2020年8月4日追記】
この記事のテーマに関連する記事を、SMBC China Monthly(2020年5月号)及び東海日中貿易センター様の会報誌(2020年8月号)などにも掲載いただいております。ご興味のある方は下記URLから合わせてご参照ください。
SMBC China Monthly(2020年5月号):
【中国法務レポート】新型コロナウイルス肺炎の感染症流行にかかわる民事案件を法により適切に審理することにかかる若干の問題に関する最高人民法院の指導意見(一)
https://www.smbc.co.jp/hojin/international/resources/pdf/CM202005_01.pdf#page=12
東海日中貿易センター会報誌(2020年8月号):
【寄稿】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行による経済への影響をどう乗り切るか。
― 中国における裁判所の取り組みから、中国企業とのトラブルの対処を考える。
https://www.tokai-center.or.jp/pdf/20/kaihou2020_08.pdf#page=8
一、連休終了に伴い予想されるトラブル
2020年1月24日にキャスト中国ビジネスWebサイトの「お知らせ」(新型コロナウイルス肺炎をめぐる対応について)に掲載したとおり【1】、中国では新型コロナウイルス肺炎をめぐって企業活動にも影響が出ている状況にあります。武漢市がある湖北省はもとより、それ以外の都市においても、例えば上海では1月27日付で、2月9日24時まで市内にある企業(ただしインフラや医薬品、生活必需品等の業界を除く)の業務再開(中国語「复工」)をしないことを求める緊急通知を出しており【2】、江蘇省蘇州市でもこれより一日早く1月26日付で、2月8日24時までは同様に企業の業務再開をしないように求める通告を出しています【3】。このほか、各地区においてオフィスビルの業務再開が遅れる(つまり、オフィスに立ち入ることができない)などの影響が出ています。
このような状況で、全国的に延期された春節休暇が2月2日に終わった後、業務遂行をめぐり、以下のような顧客や取引先との調整を要する場面が発生する(又は既に発生している)ことが予想されます。
(1)中国現地側: 日系企業の中国現地法人が業務再開できず、中国内外の顧客向けの商品出荷が遅れるケース
(2)日本側: 日本企業が、中国現地企業に発注して日本に輸入しようとしていた原材料等について、港湾など物流面での影響により入荷が遅れるケース
中国現地法人側では、人員の安全に配慮して事業活動の再開を見合わせる対応も多くなると思われますが、顧客を無視して自社の安全のみを優先するわけにもいきませんので、状況に応じて柔軟・機敏な対応が必要となります。また、日本側でも、中国から日本への輸入取引を行っている日本企業からは中国現地企業側の状況が見えづらく、安易な納期延長を解決の明確なめどがないままに求められることも予想されます。
このような場合、短期ならば「不可抗力だから仕方がない」で済むとしても、場合によっては、顧客との間での注文キャンセルや代替品調達・納入の対応、また原材料等の不足による日本側での工場操業への支障など、いずれも影響が大きくなる可能性もあります。
中国企業との折衝にあたり、できるだけ正確な情報に基づいて対応を決定いただきたく、各地方により状況が異なるものの、知っておいていただきたい情報をご提供します。
売り手側であれ買い手側であれ、新型肺炎の影響で契約の履行ができないときには、それが「不可抗力」として免責されるべき事情であるかどうかを考慮することになります。
中国《契約法》において、「不可抗力」とは、予見することができず、回避することができず、かつ、克服することができない客観的事由をいいます(《契約法》第117条第2項)が、例えば上記の上海市での「2月9日まで業務再開しない」という通知について言えば、実は企業は特別な事情によって2月9日よりも前に業務再開したい場合、申請を出して認可を得れば業務再開ができます【4】。蘇州市工業園区でも同様の通知が出ています【5】。
つまり、売り手側の場合、免責を求めるには上記一、の各通知のみならず「業務再開の申請を出したが認可されなかった」ということを説明する必要があり、逆に買い手側の場合、「申請を出したのか?出していなければ不可抗力と認めない」と主張して、納期遅延の影響を最小限にとどめるように要求すべきでしょう。
このとき、実際の場面では、申請を提出しようとしたが門前払いされた場合にどのように立証するのか、申請内容が不備・不適切なために認可されなかった場合はどうなのか、といったような様々な問題が生じるはずですが、ともかくも安易に「不可抗力」に流れることなく、然るべく対応を協議いただくことが先決であろうと思われます。
また、ウイルス拡散を恐れて人手が集まらないなどの状況も考えられますが、その場合も、例えば手当を2倍に増やせば人手が集まるというような場合には、「不可抗力」と言えるかどうか微妙な状況になってきます。契約自体は履行不可能ではなく、方法によっては可能であるとすれば、単なる「事情変更」【6】として、そのコストをどう負担するのかを協議するという方向になります。
事後的に「あれは不可抗力であったかどうか」という紛争が生じることは建設的とは思われませんので、現時点で速やかに双方が認識を合わせて対応を合意することが望まれます。
なお、中国国際貿易促進委員会(CCPIT)では、所在地政府が発行した公告や輸出入契約などの資料を持参することで、不可抗力に関する事実の証明書を発行してもらうことができますが【7】、これはあくまで新型肺炎の流行やこれに伴う政府の通知等の存在を証明するだけで、実際に企業が受けた影響の程度や範囲までを証明するものではないため、これだけで不可抗力に関するすべての事項が証明できるわけではありません。自社(又は取引先)への影響の具体的状況を示す資料はできる限り収集・保管ください。
三、SARS(中国語「非典」)当時の裁判例
SARSによる事業上の支障について、関係当事者がどのように負担すべきかについては、事例によって判断が分かれている状況にあります。最高人民法院まで争われた例としては、地元政府が民間業者にホテルの運営を委託していた契約について、SARSによる運営停止は不可抗力と認定しつつ、その期間中の委託費は公平の原則に基づいて双方が折半して負担するとした事例【8】などがあり、地方レベルでも多数の事例があります。
ここでは参考として、SARSのときに見られた裁判事例を3つご紹介します。
個別事例に関する判断であり、具体的事情により結論は異なり得ますので、あくまでも参考にとどめ、安易に自社の場合に当てはめることがないように留意ください。
(1)山西省高级人民法院 2017年7月18日民事判決((2017)晋民终93号)
~ 华垦国际贸易有限公司与山西伦达肉类工业有限公司买卖合同纠纷二审民事判决书
工場生産設備の売買契約について、納入が約定よりも21週間遅れたことにつき、契約に定める違約金(1週間ごとに0.5%、最高で契約額の10%)の支払義務が争われた事案です。
被告はSARSの影響による遅延であるとして、不可抗力による免責を主張しましたが、人民法院(裁判所)は、被告が不可抗力による契約履行不能について通知したことを立証しておらず、またSARS期間中において交通封鎖や貨物取引制限を受けていなかったことから、不可抗力による免責を認めませんでした。
(2)三亚市中级人民法院 2005年8月16日民事判決((2005)三亚民一终字第79号)
~ 殷文敏与三亚长源物业发展有限公司商品房预售合同纠纷上诉案
SARSの影響により、現地政府が島外の人員を雇用することを禁じる措置を講じたため、建設工事が遅延し、物件引き渡しが遅れた責任負担をめぐる事案です。
この事例では、人民法院は、SARSの発生自体は予見不能、回避不能であり、当時の医療技術では克服不能であり、これによる政府の措置により建設工事完成が遅れたことは不可抗力によるものであったとして、納期は相応に延期され、物件引き渡しについての責任は免責されるべきと判断しました。
(3)上海市第二中级人民法院 2004年6月8日民事判決((2004)沪二中民二(民)终字第354号)
~ 上海拍谱娱乐有限公司与上海新黄浦(集团)有限责任公司房屋租赁合同纠纷一案二审民事判决书
繁華街の商業ビル5階、6階フロアを、カラオケなど娯楽業のために賃貸借していたところ、SARSの発生により政府部門がこの種の娯楽場所の業務停止を求めたために、テナントがオーナーに対してその期間(3か月間)における賃料を免除するように求めた事例です。
この事例では、人民法院(裁判所)は、SARSの発生も政府部門の娯楽業への業務停止要求も公知の事実であるとしたうえ、「公平の原則に基づいて」3か月分の賃料免除を求めるテナント側の主張を認めました。(ただし、テナント側はさらに4か月分の賃料を滞納していたため、結局は、賃貸借契約は解除されてしまいました。)
上記事例(1)のとおり、不可抗力により契約が履行できないときは、まず契約相手方に通知をすること、そしてその通知をしたことを後日立証できることが必要です。
また、不可抗力による免責が認められた事例(2、3)では、単にSARSの発生の事実だけでなく、これに伴う政府部門の措置が履行不能の原因となっていますので、上記のとおり、事前の業務再開の申請可能性なども含めて考慮いただき、安易に「不可抗力」と判断することがないようにお気をつけください。
以上
【PR】『弁護士が語る 中国ビジネスの勘所』(きんざい 2020年1月)
[2] http://www.shanghai.gov.cn/nw2/nw2314/nw2319/nw12344/u26aw63451.html
一、本市区域内各类企业不早于2月9日24时前复工。涉及保障城市运行必需(供水、供气、供电、通讯等行业)、疫情防控必需(医疗器械、药品、防护品生产和销售等行业)、群众生活必需(超市卖场、食品生产和供应等行业)及其它涉及重要国计民生的相关企业除外。用人单位须依法保障员工合法权益。
[3] http://www.suzhou.gov.cn/szsrmzf/szyw/202001/43503915d32b42978a49015365e8c2c1.shtml
1.各地各单位最大程度动员离苏人员不得提前返回苏州,本地人员做到减少流动。本行政区域内企业复工、复业时间不得早于2020年2月8日24时;学校开学时间不得早于2020年2月17日24时。涉及市民生活必需的行业(如供水、供气、供电、通讯、超市、农贸市场等)及疫情防控必需的行业除外。用人单位依法保障员工合法权益。
[4] http://rsj.sh.gov.cn/201712333/xwfb/zxdt/01/202001/t20200128_1302972.shtml
同时,建立提前复工审核报备制度。对因特殊原因确需在2月10日前提前复工的企业,需提供相关说明材料(含外来员工流动信息情况)、应对疫情预案措施以及确保不出现疫情的承诺等,报镇(街道)疫情防控指挥部或园区,经核查批准后予以复工,同时报区疫情防控指挥部办公室备案。一旦出现不符合规范的情形或发现确诊病例,将立即责令停产,并按规定追究企业相关责任。
[5] http://news.sipac.gov.cn/sipnews/mtjj/202001/t20200128_1092434.htm
3.对因特殊原因确需提前复工的企业,需提供相关证明材料、应对疫情预案措施以及确保不出现疫情的承诺等,报园区企业指导组,经现场核查批准后予以复工。一旦出现不符合规范的情形或发现确诊病例,将立即责令停产,并按规定追究企业相关责任。
[6] 《「契約法」の適用の若干の問題に関する最高人民法院の解釈(2)》
第26条 契約成立以降の客観的状況に当事者が契約締結の際に予見するすべのない、かつ、不可抗力以外によりもたらされた商業リスクに属しない重大な変化が発生し、契約の履行を継続すると当事者の一方に対し明らかに不公平であり、又は契約目的を実現することができない場合において、当事者が人民法院に契約の変更又は解除を請求するときは、人民法院は、公平の原則に基づき、かつ、事件の実際の状況を考慮して変更又は解除をするか否かを確定しなければならない。
[8] 最高人民法院2016年9月2日判決(白俊英、土默特左旗人民政府合同纠纷再审民事判决书 (2016)最高法民再220号)