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反スパイ法の改正

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2024年07月01日

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反スパイ法の改正                  
    

執筆:弁護士 金藤 力    
 

※ この原稿は、SMBC China Monthlyで掲載いただいたものです。

 

1.はじめに 

 日本でも報道される機会が多い中国「反スパイ法」について、2023年4月26日に改正法が公布され、2023年7月1日から施行予定となっている(以下「改正法」という)。       
 日本企業で働く方々にとって、中国の「反スパイ法」をめぐっては、日本における特定秘密保護法に比べても運用が格段に厳しく、日本においてあまり意識されることがないテーマであることもあってか、実際に多くの逮捕・処罰事例も発生している。在中国日本大使館が発行している「安全の手引き」でも、特に項目を設けてスパイ行為に関する注意喚起が行われているところである【1】。       
 スパイ容疑に限らず、日本国民が中国の公安機関等の政府当局による身柄拘束を受ける場合、日中領事協定に基づき日本の領事機関への通報が行われることとなっており、また、身柄拘束を受けた本人にも領事官との面談や文通ができる権利が認められている【2】。しかし、これらは中国の法律法規に反しない範囲で認められるものであり【3】、これら権利の目的とするところを十分に達成することができるようにすべきこととされてはいるものの、基本的には中国の「刑事訴訟法」等に定めるところに従うべきものとなっている。したがって、日本の領事機関も中国の法律法規を超えて身柄の釈放を求めることができるものではなく、中国の法律に定められた手続に従うことになる。       
したがって、中国に赴任する日本人駐在員各位や中国に赴く出張者各位においては、「反スパイ法」をはじめとする中国の法律法規による規制について、できる限り正確な知識を持っておいていただくべきと言えよう。

 なお、改正前の現行「反スパイ法」(以下「旧法」という)は2014年11月1日に公布・施行されており、40ヶ条からなる法律であったが、今回の改正法では71ヶ条に条文数が大幅に増えている。したがって、本稿では、主に新たに追加された内容について紹介していくこととしたい。(もっとも、改正法公布前から既に2017年の「反スパイ法実施細則」【4】や2021年の「反スパイ安全防御業務規定」【5】により別途規定されていた部分もあるため、その点は適宜、脚注等で触れることとする。)

2.改正のポイント

(1)「スパイ行為」の定義の拡充       
改正法では、「スパイ行為」についての定義規定が拡充された(改正法第4条)。何が「スパイ行為」に該当するのか、スパイ行為の嫌疑を受けるかどうかに直接影響する重要な条文であるため、改めて全文を紹介しておく。下線部は改正法により追加された部分である。

第4条  この法律において「スパイ行為」とは、次に掲げる行為をいう。       
 (一)スパイ組織及びその代理人が実施し、若しくは他人を教唆し、若しくはこれに資金を援助して実施させ、又は境内外の機構、組織若しくは個人と当該スパイ組織及びその代理人とが互いに結託して実施する、中華人民共和国の国の安全に危害を及ぼす活動       
 (二)スパイ組織に参加し、若しくはスパイ組織及びその代理人の任務を引き受け、又はスパイ組織及びその代理人に頼る行為       
 (三)スパイ組織及びその代理人以外のその他の境外機構、組織若しくは個人が実施し、若しくは他人を教唆し、若しくはこれに資金を援助して実施させ、又は境内機構、組織若しくは個人と当該境外機構、組織若しくは個人とが互いに結託して実施する、国家秘密、情報(qingbao)並びに国の安全及び利益に関係するその他の文書、データ、資料若しくは物品を窃取し、偵察し、買い取り、若しくは不法に提供し、又は国家業務人員を策動し、誘引し、強迫し、若しくは買収して裏切らせる活動       
 (四)スパイ組織及びその代理人が実施し、若しくは他人を教唆し、若しくはこれに資金を援助して実施させ、又は境内外の機構、組織若しくは個人と当該スパイ組織及びその代理人とが互いに結託して実施する、国家機関、秘密にかかわる単位又は基幹情報インフラストラクチャー等に焦点を合わせたネットワーク攻撃、侵入、妨害、制御、破壊等の活動       
 (五)敵のため攻撃目標を指示する行為       
 (六)その他のスパイ活動をする行為       
 スパイ組織及びその代理人が中華人民共和国の領域内において、又は中華人民共和国の公民、組織若しくはその他の条件を利用して、第三国に焦点を合わせたスパイ活動に従事し、中華人民共和国の国の安全に危害を及ぼす場合には、この法律を適用する。

 注意すべき事項として、第3号につき、従来は「国家秘密、情報」の不正取得が処罰対象とされていたところ、その他の「国の安全及び利益に関係する」文書、データ等についても不正に取得してはならない対象として追加されている点が挙げられる。また、第4号ではネットワーク経由での攻撃が対象として明記され、第6号では第三国に焦点を合わせたスパイ活動であっても中国の国の安全に危害を及ぼす場合には処罰の対象とすることが明記された。       
なお、この何が「スパイ行為」に該当するのかという点については、従来から「反スパイ法実施細則」第6条~第8条にも規定が置かれているが、その点に関する説明は省略する。

(2)安全防御、宣伝教育に関する規定の追加       
 改正法では、旧法に比べて、企業その他の組織における反スパイ安全防御措置に関する責任を明確化している(改正法第12条)。すなわち、旧法でも「機関、団体その他の組織」にスパイ行為に対する防御・制止の義務を課していたが(旧法第19条)、改正法ではこれら義務を負う主体について「国家機関、人民団体及び企業・事業組織その他の社会組織」と表現を明確にした【6】。       
 但し、この反スパイ安全防御義務の不履行があった場合であっても、原則として直ちに処罰することは予定されておらず、まずは是正命令をし、是正しない場合には行政指導を行うこととされている(改正法第56条)【7】【8】。但し、反スパイ安全防御義務の不履行により不良な結果又は影響がもたらされた場合には、刑事責任の追及を含む処罰が行われることがあるため【9】、「是正命令が無い限り処罰されない」という誤解がないように留意されたい。       
また、改正法は、各級の人民政府及び関係部門において反スパイ安全防御宣伝教育を組織すべきこと、報道、ラジオ、テレビ、文化、インターネット情報サービス等の単位においても社会に対し反スパイの宣伝教育を展開すべきことを定めており【10】、国家安全機関も関係単位を指導して反スパイ宣伝教育活動を展開させるべき旨【11】が規定されている(改正法第13条)。       
 スパイ行為に関する通報の義務及び奨励については旧法でも規定されていたが(旧法第7条、第21条)、改正法ではこれに加えて、通報を受理するプラットフォームを社会に公開することなどを新たに明記している(改正法第16条)。但し、従来から国家安全に関する通報電話(12339)及びネットでの通報受理プラットフォームなどが設置され運用されているため【12】、新たに何らかの通報制度を設けるものではない。       
 その他、「反スパイ安全防御重点単位」【13】や、重要な国家機関、国防・軍事工業単位などに関する特別の規定を新たに置いている(改正法第17条~第21条)。

(3)調査手続に関する規定の拡充       
 一方で、調査手続に関しては、手続の適正を確保するための規定が追加されている。       
すなわち、国家安全機関による反スパイ業務の過程における以下のようなルールが明文化され、恣意的・無限定な調査が行われるわけではないことが示されている。       
 なお、国家安全機関が反スパイ業務の必要により企業等を検査することができることについては旧法から既に規定されており(旧法第13条)、改正法でも大きな変更はない(改正法第15条)。その検査に関する手続等については「反スパイ安全防御業務規定」第21条~第24条が既に定めているところであるため、必要に応じて参照されたい。

  • 関係する文書・データ等を調査する場合、必要な範囲及び限度を超えてはならないこと(改正法第26条)
  •  この法律に違反した人員を呼び出して調査を受けさせる必要がある場合には呼出状を使用して呼び出し、質問等の時間は24時間を超えず、被呼出人のために必要な飲食及び休憩を提供しなければならないこと(同第27条)
  •  女性の身体を検査する場合には女性業務人員が行うべきこと(同第28条)
  •  スパイ行為の嫌疑にかかわる人員の関連する財産情報の照会の手続(同第29条)
  •  調査されるスパイ行為と関係がない場所、施設又は財物の封印・差押等の禁止(同第30条)
  •  調査、呼出し、検査などの措置は2名以上で実施すること【14】、重要な証拠取得業務をするにあたり、全過程について録音・録画をし、保存して検査に備えること(同第31条)
  • 国家秘密、情報に属するか否かについての鑑定(同第38条)
  •  調査を経て、スパイ行為が犯罪の嫌疑にかかわることが判明した場合、「刑事訴訟法」の規定により立件捜査しなければならないこと(同第39条)
  •  行政処罰の決定をする前においては弁明録取などの手続を「行政処罰法」の関係規定により実施すること(同第67条)

(4)入出国の制限に関する規定の追加       
 改正法では、入出国の制限についても新たに規定を設けている。

  • 出国後に国の安全に対し危害をもたらし、又は国の利益に対し重大な損失をもたらすおそれのある中国公民の出国制限(改正法第33条)
  • 入国後に中華人民共和国の国の安全に危害を及ぼす活動をするおそれのある国外人員の入国制限(同第34条)

 また、この法律に違反した国外人員に対する国外退去、国外追放についての規定も拡充されている(改正法第66条)。       
但し、これらの内容については既に「反スパイ法実施細則」第24条でも規定されていたものであり、若干の補充があるものの、新たな規制や処罰が設けられたものではない。

(5)ネットワークに関する規定の拡充       
 改正法では、ネットワークに関する規定を拡充している。       
スパイ行為にかかわるネットワーク情報コンテンツ又はネットワーク攻撃等のリスクに対する、信業務経営者若しくはインターネットサービス提供者による脆弱性の修復などの措置の要求(改正法第36条)、国家安全機関が法によりスパイ行為を調査する場合に、郵政・速配等の物流運営単位並びに電気通信業務経営者及びインターネットサービス提供者が必要な支持及び協力を提供しなければならないことが明文化された(同第41条)【15】。       
さらに、反スパイ分野の科学技術のイノベーションの奨励についても規定が設けられた(同第49条)。

(6)協力者に対する保護に関する規定の拡充       
 旧法でも定められていた反スパイ業務への協力者の保護(旧法第20条)について、改正法ではさらに規定を拡充している。概ね以下のような内容である。

  • 反スパイ業務への協力により財産の損失がもたらされた場合の補償(改正法第46条)
  • 反スパイ業務のために貢献をした人員の雇用確保(同第47条)
  • 反スパイ業務への協力により障害を受け、又は犠牲になり、若しくは死亡した人員への慰問、優遇(同第48条)

(7)罰則規定の拡充       
 罰則規定に関しても、規定が拡充されている。既に述べた改正法第56条、第58条のほか、以下のような項目が新たに追加されている。

  • 個人のスパイ行為、他人のスパイ行為を知りつつこれに協力した場合の行政処罰、単位又は個人による違法事由及び結果に基づく業務停止等の建議などに関する規定の新設(改正法第54条)
  • スパイ組織及びその代理人から取得した利益については、行為者本人のみならずその近親者又はその他の関連する人員からも追納・没収等の措置を講じることができること(同第64条)

 旧法の罰則では基本的には刑事責任を追及するとされていたところ(旧法第27条)、改正法では刑事責任の追及に至らず行政処罰で処理する場面があることが明記されたものと理解できる【16】。また、行政拘留の日数が15日から10日に短縮されていること(旧法第31条及び第32条、改正法第60条及び第61条)など、一部は罰則が旧法よりも緩和されている部分もあるようである。

3.おわりに

 日本では一般に「法の不知は許さず」と言われるが、中国においてもこの原則は同様である。       
日本では、中国におけるスパイ容疑による邦人の身柄拘束について、報道等では比較的センセーショナルな形で取り上げられがちであり、過剰に心配される向きもあるようにも思われるが、法律の規定のみならず、処罰を受けた事例について公表されている情報を見ていくことで、どのような行為がスパイ行為として処罰対象となるのか、少なくともスパイ行為の嫌疑を受ける可能性をもたらす行為となるのかは一定程度正確に知ることができるようにも思われる。       
 今回の改正法でも、本稿で紹介したように、報道やインターネット等を通じて情報が発信されることとなっており、毎年4月15日前後には国家安全デーとして典型事例などが公表されている。       
 知識不足によりスパイ行為の嫌疑を受けるような事態を招かないよう、本稿をはじめとする各種情報を適宜参照のうえで、必要な知識を随時アップデートしていただくことをお勧めしたい。

以上


1.日本の外務省の海外安全ホームページにおいて公表されている。       
  https://www.anzen.mofa.go.jp/manual/china_manual.html       
  https://www.cn.emb-japan.go.jp/files/100308627.pdf       
2.日中領事協定(領事関係に関する日本国と中華人民共和国との間の協定)第8条第1項。       
3.同条第2項。       
4.国務院 2017年11月22日公布、同日施行。       
5.国家安全部 2021年4月26日発布、同日施行。       
6.もっとも、改正法公布前にあっても、「反スパイ安全防御業務規定」第8条では企業も明記されていたので、改正法により大きく変わるものではない。       
7.なお、この点については、既に「反スパイ法実施細則」第15条において、行政指導等が行われることがある旨が規定されていた。       
8.「反スパイ安全防御業務規定」第28条のとおり、是正命令の後は企業から是正報告の提出を受け、その後、是正状況の検査が行われる仕組みとなっている。       
9.「反スパイ安全防御業務規定」第29条もその旨を規定している。       
10.「反スパイ安全防御業務規定」第13条でも、国家安全機関がネットワークやメディアプラットフォームを通じて反スパイ安全防御にかかる宣伝教育を行うことが規定されていた。       
11.「反スパイ安全防御業務規定」第11条によれば、この指導はマニュアルや手引きなどの宣伝教育資料のほか、書面での指導意見や研修、注意喚起など各種の方式で行われることとなっている。       
12.「反スパイ安全防御業務規定」第18条参照。       
13.「反スパイ安全防御業務規定」第9条に基づき、「重点単位リスト」が作成され、書面により重点単位に対して告知されることとなっている。       
14.「反スパイ安全防御業務規定」第25条参照。       
15.但し、この協力義務については、違反した場合であっても基本的にはまず是正命令や警告が先行する形となっており、直ちに厳しい処罰に至ることは予定されていないようである(改正法第58条)。       
16.中国の《刑法》では、情状が明らかに軽微で危害が大きくない場合には犯罪としないこととされている(第13条但書)。   


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