操業再開にあたっての新型肺炎(新型コロナウイルス感染症:COVID-19)の拡大防止
執筆者: 弁護士法人キャスト
日本国弁護士・中小企業診断士 金藤 力
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1、操業再開と感染拡大防止の両立
現在、中国では、新型肺炎(新型コロナウイルス感染症:COVID-19)の感染拡大を抑えながら正常な経済活動を回復・維持するという、一見すると二律背反(トレードオフ)の関係にある非常に難しい対応を迫られています。現地にいらっしゃる企業の方々は、自らも感染の危険にさらされながらも、日々懸命に対応なさっているところであろうと存じます。
社会保険料の納付免除や高速道路の無料開放など、企業活動を支えるための支援策は多々打ち出されているものの、肝心の工場・事業所に人が集まって正常に事業活動に従事できなければ現地法人のキャッシュフローは維持できず、また、国内外のサプライチェーンへの影響が波及して損失が拡大することも避けられなくなります。操業再開に関する審査を不要とする地方も増えてきており、操業再開へのハードルは徐々に下がってきています。
その一方で、不幸にも、操業再開した途端に感染が拡大してしまい、再び操業停止状態になってしまったという事例も生じています。北京市では先週も帰京後14日間の隔離観察を求めていますが、その背景には、外地から戻った次の日にそのまま出勤した人がいたことで、その事業所の数十人が隔離されることになってしまった事例があったようです【1】。また、天津濱海開発区政府Webサイトに2<月16日に掲載された記事【2】でも、複数の会社で集団感染が発生していることを教訓とすべく紹介し、感染予防に万全を期すことを呼びかけています。
2、2月23日に発表された重要講話
こうした状況の中、2月23日に発表された習近平国家主席の重要講話【3】では、まず全体的な要求事項として7点が挙げられました。ごく簡単に要約すると以下のとおりです。
(1)湖北省防衛戦、武漢防衛戦に打ち勝つ。
(2)北京の疫病状況のコントロールに全力を挙げる。
(3)医療人員保護などを重視し、医療のマンパワーや重要物資を科学的に配備する。
(4)薬品やワクチンの研究など科学技術研究を加速する。
(5)WHOとの意思疎通など、国際協力を加速する。
(6)各地の疫病対策事例などの情報発布など、新聞・世論業務の有効性を高める。
(7)医療・防疫のみならず、市場・社会の秩序を守り、社会の安定を確保する。
さらに、企業の操業再開について、8つの要求事項を挙げました。これも要約しておきます。
(1)地区・レベルを分けて、精密且つ正確に操業・生産回復を実施する。すなわち、低リスク地区は全面的に生産と生活秩序を回復、中リスク地区は防疫状況に応じて順を追って回復、高リスク地区は引き続き防疫業務に全力を挙げる。
(2)減税など財政政策と金融政策ともに、マクロ政策の調整度合いを拡大する。
(3)就業安定措置を全面的に強化する。一部企業における深刻な人手不足や、集団での就労困難などの問題につき、負担軽減・職業安定・就労促進などの措置を講じる。
(4)貧困層の労働者を速やかに職場復帰させるなど、貧困解決の任務を全うする。
(5)人・モノの流れのボトルネックを解消し、サプライチェーン各段階の再開を推進する。
(6)春季の農業生産の時期を失しないよう、農業物資の生産・流通を確保する。
(7)食品供給確保、感染家庭への重点支援など、基本的な民生を保障する。
(8)外国貿易、外資の基盤を安定させる。輸出税還付や輸出信用保険などの防疫政策ツールを活用し、対外貿易のサプライチェーンを確保する。重大外資プロジェクトの実施を確保し、引き続きビジネス環境を改善するなど、外国資本の長期的な信頼を高める。
3、企業の操業・生産回復にあたっての防疫措置ガイドライン
上記の重要講話に先立って、2月21日には、国務院から《企業・事業単位の業務再開・生産再開についての流行予防・抑制措置ガイドライン》が発布されています【4】。
このガイドラインでは、実際の操業再開にあたっての具体的な措置や留意事項が列挙されていますので、全文に目を通されることをお勧めします。例えば以下のような項目です。
l 指紋認証による勤怠管理を行っている場合、暫定的に使用停止とし、人員の入退場時の登録に改める。(三)
できるだけ部外者の入場を減らす。確実に必要がある場合に限り、体温を測り、出発地と所属、疫病発生地区の人員との接触状況等を聞き取り、条件に適合する場合に限って入場させる。(三)
作業場所の換気を良くする。第一選択は自然通風であり、これによる室温低下時は従業員に重ね着により防寒させる。空調使用時は全て直接に室外に排気する。(四)
作業場所に手洗い・シャワー設備(なければ消毒用品)を設置・運用する。(五)
業務及び生活場所の消毒を行う。作業場所、食堂、エレベータ、トイレ、手洗い場所、通勤手段などの公共区域及び関係物品につき、専任者を定めて定期消毒を行う。エレベータのボタン、ドアノブなど頻繁接触部位は、消毒回数を増やす。(六)
通路、エレベータ、階段、喫煙所の使用時は適切な距離を取り、喫煙時は他人と会話をしない。会議はなるべく時間を短縮し、規模を小さくし、会議室の換気をよくする。従業員宿舎は原則として一部屋6名まで、1人あたり2.5平米以上とする。(七)
食堂での食事提供時間を延長し、時間差で食事をさせ、個別の食器で分散して食事させる。食器の消毒を強化し、消毒の条件が整わないときは使い捨て食器を用いる。食事のときは対面して座ることは避け、他人と会話しない。(八)
公共区域にマスク専用回収箱を設置し、ゴミ箱の清掃を強化し、定期消毒する。(十)
各単位の主要責任者は、防疫の第一責任者とする。単位内部で防疫組織体系を構築し、防疫の応急措置や処理フロー、防疫責任を部門から個人まで徹底させる。(十三)
感染の疑いがある従業員が生じた場合、直ちにその職場及び宿舎を隔離し、医学観察の状況に応じてさらに所属のオフィス、作業場所等及び宿舎など生活場所を封鎖して、人員の出入りを禁じたうえで、専門人員の指導の下で消毒を行う。(十五)
感染例が発見された企業は、内部の感染拡大防止、外部への感染流出防止の対策を実施し、濃厚接触者の追跡管理などを行う。疫病状況の深刻さに応じて、作業場所を暫時閉鎖し、疫病の抑制・コントロールができた後に改めて生産回復する。(十六)
これらを見ると、政府も速やかな業務正常化を支援したいようですが、一方、いったん社内で集団感染が発生してしまえば、改めての再稼働には大きな困難を伴うことも予想されます。
比較的最近で私の経験した事例でいえば、ある日系企業で集団での健康問題が発生し、原因が確定され衛生上問題がないことが確認できるまで、工場全体の操業が停止されたことがありました。そのときは、そもそも原因が判明するまでに時間がかかったほか、衛生上問題ない対策が講じられたということを第三者機関に確認してもらう必要があり、操業再開まで相当の時間がかかりました。そのほかに、一部の従業員が健康不安を理由に職場復帰を拒否するなどの行動に出たため、これらの従業員の対応も必要になりました。
今回の新型肺炎の場合でも、操業再開にあたり、感染予防策を万全に行っていることを記録しておかなければ、万一の感染拡大時にどこに問題があったか分からず、要改善点も特定できないままに、かえって操業できない状況が長引いてしまうかもしれません。面倒でも、予防策を所定の要求事項に従って実施していることを如何に記録するかを考えておくべきと思います。
例えば、中国移動では携帯電話のショートメッセージ(短信)で10086宛てに「cxmyd」【5】と送ると、直近15日と30日に訪問した省市の情報が提供されます。それをスクリーンショットで提出してもらうなど、自己申告だけではなく、確認資料を従業員個人から提供いただくことも考慮すべきと思われます。
上海日本商工クラブでは、上海市人民政府が2月14日に公開した「上海企業復工指南(上海企業生産再開ガイドブック)」のURLを紹介するとともに、その日本語訳も掲載してくださっています【6】。このように操業再開に向けてすべき項目が公表されていますので、これに基づいて確認を行ったことをそれぞれ記録に残すことを考えていただければと思います。これは、万一の感染発生のときにも、感染経路を特定し、感染範囲を限定する(操業停止の範囲を最小化する)ために役立つはずですから、ぜひご一考ください。
なお、感染の状況に応じて、各地方ごとに要求される感染予防策のレベルは異なっています。また、時間が経過するごとに、条件が緩和されてくる部分もあるはずですので、各地における最新情報を確認しつつご対応ください。
最後に、関連する情報として、同じく2月21日に人力資源社会保障部からQ&A形式で見解が示されています。このQ&で挙げられている項目は多岐にわたりますが、本稿では全てご紹介ができないため、詳しい内容は下記URLからQ&A原文をご参照ください。
(URL)https://mp.weixin.qq.com/s/OHydqgafpxlKEuv9EBF2XA(中国語)
「复工复产中的劳动用工、劳动关系、工资待遇、社保缴费等问题,权威解答来啦!」
このうち、不幸にして職場内で感染者が発生してしまった場合について、それが労災として扱われるかどうかについては、「労災に該当しない」という見解が示されています。医療機関で新型肺炎の予防・治療活動に従事している医療及び関係業務人員については、業務中に新型肺炎に罹患した場合は労災と認定されるのですが、それ以外の一般企業における従業員の場合は労災として扱わないとのことです。中国の労災給付は日本と違って、基金から全てが拠出されるのではなく、企業負担部分がありますので、企業の負担も重くなりがちです。うっかり労災として処理してしまうと、思わぬ負担が生じることにもなりかねませんので、ご留意ください。
中国の労災事情については、2014年ですが、キャスト・ウィークリー・ニュースでも連載したことがありますので、ご興味がある方はお問い合わせいただけましたら、当時の記事でよろしければメールにてご提供いたします。
お問い合わせはこちらのフォームからお願いいたします。
(お問い合わせタイトル欄に「中国の労災資料希望」と記載ください。)
このほか、上記Q&Aでは、「業務復帰を希望しない従業員については、労働契約を解除できるでしょうか?」という問いに対して、「企業の工会(労働組合)が」政策要求と企業の業務再開の重要性を説明して、従業員が直ちに職場復帰するように説得するようにすべき、という見解が示されています。
このように、企業の工会(労働組合)が積極的に操業再開に協力すべきだということが示されている点は、社内での従業員の説得・調整のためにご活用いただけるかと思います。
以上
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[1] http://bj.people.com.cn/n2/2020/0216/c14540-33800637.html(中国語)
人民網2月16日記事:「北京一返京人员未居家观察 致其单位几十人被隔离」
[2] http://www.tht.gov.cn/contents/4069/103464.html(中国語)
「多家企业已发生聚集性感染事件,这家企业的防控措施值得借鉴!」
[3] http://www.gov.cn/xinwen/2020-02/23/content_5482453.htm(中国語)
「习近平出席统筹推进新冠肺炎疫情防控和经济社会发展工作部署会议并发表重要」
[4] http://www.gov.cn/zhengce/content/2020-02/22/content_5482025.htm(中国語)
《国务院应对新型冠状病毒感染肺炎疫情联防联控机制关于印发企事业单位复工复产疫情防控措施指南的通知》(国发明电〔2020〕4号)
[5] 中国語「查询漫游地(ローミング地域の問合せ)」のピンインを略記したものです。
[6] https://www.jpcic-sh.org/news/article/newsid/2959(2月18日【商工クラブ情報】新型コロナウイルス対策メールマガジンVol.13の「1.中国政府発表の情報」)
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