株式会社 J&G HRアドバイザリー
代表取締役社長 篠崎正芳
不正はどの国にもある
中国製の毒入り冷凍餃子に関わる報道が冷めて久しいですが、当時このひとつの事例から複数の類似事例の報道に連鎖し、その後、国産食品の保護の観点や圧力も加わったのでしょうか、気がつくと「中国製の食品は危険だ」という世論形成にまで発展したのは記憶に新しいです。本当に中国製の食品が危険であれば、13億の中国人や中国で働く多くの日本人は毎日何を食べればよいのでしょうか?このように考えると、日本の報道機関は少し行き過ぎた客観性に欠ける「過剰報道」をする傾向にあり、また、それを信じる日本人も「盲目的に思考」する傾向があると推察せざるをえません。
他方、海外で働く日本人駐在員と人事組織マネジメントについて話をしている中でも、「中国人やアジアの人は不正をするので困る」という言葉をよく耳にします。言外には、「日本人は(彼らがするような)不正はしない」という考えがあるのです。確かに、不正の種類の違いはあるかもしれません。しかし、日本でも政治家、公務員、民間企業を問わず、氷山の一角として判明している不正の事実だけでもたくさんあります。この点は中国やアジア諸国でも同じですので、「国籍」による違いはないといえます。さらに、成熟度が高い国でも成熟過程の国でも、「全ての人たち」ではなく、組織の中で不正に関わりやすい役職に就き、権限がある「特定の人たち」の中に不正をしている人たちが少なからずいるのです。しかも、このような人たちは証拠が見つからないように知恵を使う“頭のいい人たち”でもあります。
海外の「前提」、日本の「前提」
多くの海外先進諸国では、「人は不正をしてもおかしくない」という「前提」が一般的ですので、ルールやチェック機能が強まります。従って、知恵が足りないと証拠が発見され不正はバレやすくなります。それでも、高度な知恵でルールの網目を抜けて不正を行う人たちはいるものです。
中国やアジアでは、社会的に成熟過程である一方で経済発展が著しいことが背景となり、「所得」に関する欲の高まりから不正が商習慣の一部になり、不正に関わりやすい購買部門の役職に就き「できるならば不正をやりたい」と考える人が少なからずいるのも事実です。また、権限を持つ特定の人が、敢えてチェック機能を強めず、不正を行いやすい環境整備をするというケースすらあります。しかし、中国やアジアでも旧態依然とした組織ではなく、先進的な経営に取り組んでいる企業では、他の先進諸国と同じく不正が起きにくいオペレーションが確率されつつあるのも事実です。
他方、日本の社会や組織では根本に「性善説的」な考え方があり、そもそも、不正は比較的起きやすい土壌があるといえます。「人はきっと不正はしないだろう」という考え方が「前提」にあるため、オペレーションのプロセス、特にお金に関わる帳票類の流れや、チェック機能が弱くなる傾向があります。結果的に、不正が起きた場合の証拠も発見しにくくなります。「怪しいな?」と感じる事が起きた場合は、特定の人を疑う前に、全員に注意喚起を呼び掛けることで、不正の行動に抑制がかかりやすくなるのも日本での特徴でしょう。また残念なことですが、組織の中で権限を持つ特定の人たちがチェック機能の弱さを逆に“活かし”、「利益」を共有する仲間を作り、不正をリードするというケースも容易に起きてしまうのです。
日系企業が取り組むべきこと
① チェック機能を“海外仕様”に切り替える
特に海外でオペレーションする日系企業は不正の発生を最少化するためにマネジメントの方法をかなり工夫して変えなければいけません。日本人が海外に赴任すると、さすがに「人はきっと不正はしないだろう」という日本での「前提」を海外に持ち込む人は少なく、むしろ、「人は不正をしてもおかしくない」という海外での「前提」に心はすぐに切り替わります。しかし、多くの日系企業ではオペレーション上のチェック機能が“日本仕様”のままになっているのが実態です。心のどこかで「話せばわかるだろう」と感じ、日本的な注意喚起でもって不正を抑えようとするのですが、そもそもオペレーションプロセスに「脇の甘さ」が残っていれば、抑えはききにくくなっても仕方ありません。まずは、帳票類の整備を含めチェック機能を“海外仕様”に切り替えることが日本人マネジメントにとって最も重要な仕事といえます。
② 「期待行動」を明確にする
日本人は物事を明確にせず「隙間を残しておく」ことに美徳や心地よさを感じる傾向があります。その結果、社員に期待する行動も「スピード」「チャレンジ」「チームワーク」などのカタカナや、「協調性」「責任感」「積極性」などの漢字のキーワードでとどめ、その「解釈の余地」を広げておくことが多く見られます。その結果、それぞれの「キーワード」について「場面行動(どのような場面のどのよな行動なのか)」として具体的な行動例を明文化しているケースはかなり少ないといえます。
日本人同士でも同じ言葉についての解釈が異なることがよくありますので、日本人と外国人の間での解釈の違いははかり知れません。ある言葉を聞いた時に、日本人にとって当たり前の(=常識的な)解釈は必ずしも外国人の解釈と同じとはいえないのです。従って、まずは日本人マネジメントが社員に期待する行動を「キーワード」と「場面行動」で明文化し、一方で、会社として不正を全面禁止するスタンスであるならば、「誠実」「公正」などの「キーワード」や、「リベートを要求していない」「リベートを受け取っていない」「リベートに関わる行為に加担していない」などの「場面行動」を含めておくことが大切であり、不正行為を牽性することに繋がるのです。
③ 不正に向き合うのではなく、ポジティブな活動を継続的に展開する
そして、明確にした「期待行動」についての説明資料、ポスター、携帯用カードなどの補助ツールを作成し、それらを活用して社員に継続的に根気よく丁寧にコミュニケーションしていくことが大切です。また、模範となるような行動をとった社員を表彰して「認知」し、「期待行動」に基づいた行動多面評価(匿名性を担保)を実施して個人レベルでの「気づき」を醸成し、さらに、「期待行動」の意味を「咀嚼」するための語り合いの場(サロン)を定期的に設けるようなポジティブな活動を展開してはじめて、「期待行動」は現場に浸透し、組織の中で新しい行動文化が定着していくことに繋がり、不正をする人は組織の中で取り残され排除されていく可能性が高まるのです。