株式会社 J&G HRアドバイザリー
代表取締役社長 篠崎正芳
「メモ」「ノート」をとる行動は、問題解決や自己成長に欠かせない
国籍を問わずどの会社でも、「メモをとる」「ノートをとる」ことは大切な行動として認識されています。一般的には、日々仕事をする中で、人から何かを教わるとき、人から指示を受けるとき、大切な話を聞くときに、「メモ」や「ノート」をとることが重要だと認識されているのです。
私はコンサルタントとして過去約15年間、様々なクライアント企業で人と組織に関わる問題解決を支援してきていますが、支援を開始する際には、「メモ」「ノート」をとる行動文化が定着している会社かどうかを最初に確認するようにしています。なぜなら、支援方法に大きな影響を与える要素だからです。結論を言えば、この行動文化が定着している会社では問題解決の質が高く、そのスピードも速く、さらに、合意形成プロセスの説明性が高くなる傾向があります。一方で、そうでない会社では、伝えた!聞いていない!の押し問答や勝手解釈などから仕事の手戻りや停滞が起きがちなので、問題解決のスピードは遅くなりますし、仮に問題解決できたとしても偶発性が高く、組織学習にはなかなか及ばないのです。
また、「メモ」「ノート」をとる行動文化の定着度合いに関わらず、どんな会社でも、「メモ」「ノート」をとる行動習慣が弱い人はいます。「手を動かさなければいけないから面倒くさい」「頭の中でおおよそ記憶できるから聞いておけばいい」というような心理が通常働くようです。あるいは、「自分にとっては大切ではないこと」と勝手に決めつけて相手の話を聞き流している場合すらあります。残念なことに、「メモ」「ノート」をとらない行動は、「理解する」「学ぶ」「気づく」機会をその都度自ら放棄していることになり、結果的に「自己成長」スピードが減速してしまうのです。
さて、一般的に使われる「メモをとる」「ノートをとる」という行動は、その「目的」によって3種類に分けることができます。
3つの目的
①「理解する」ために「メモ」「ノート」をとる!
この行動が必要になる場面は「人の話を聞いているとき」ですので、一般的に使われる「メモをとる」「ノートをとる」という行動はこの目的のための行動である場合が多いです。
相手の話を「理解する」ということは「相手の思考をトレース(=追跡)する」ということを意味します。具体的には、相手が伝えようとしていることを理解するために、相手の話しの「論理」と「構成」を手元のノート上で見える状態にする作業です。この作業をとおしてこそはじめて、質問の内容や観点が見えてくるのです。しかし、この作業を強く意識せず相手の話す「言葉」のみを一生懸命メモとして書いたらどうなるでしょうか?結果的に手元のノートにはたくさん「文字」が残りますが、後でそれを読み返しても、相手の話しの「論理」や「構成」はおろか、話しの内容すら思いだすことができないメモ(=再現性の低いメモ)になってしまいます。これでは相手の話を聞きながらせっかくメモをとっても「理解する」という目的は達成できません。「相手の思考をトレースする」ためには「考えながら」「整理しながら」相手の話を聞きメモをとる必要があります。逆に言えば、伝える側は聞き手が自分の思考をトレースしやすいように、話しの「論理」と「構成」を明確にして話すことが必要になるのです。
②「伝える」ために「メモ」「ノート」をとる!
この行動が必要になる場面は「人に話をする前」です。国籍を問わず、この行動がきちんと習慣化されている人は少ないのが実情です。人は相手に何かを伝えたい、理解してもらいたいときに、頭の中でその内容のイメージが湧いたらすぐに直接対話や電話で話したり、メールを送りたくなるものです。あるいは、伝える内容のイメージが曖昧なまま伝えはじめ、伝えながら伝える内容を徐々に明確にしていく行動をとりがちです。この場合、相手の話しの「論理」と「構成」が不明確なことが多いため、聞き手は理解するのにとても時間がかかりますし、お互いにとっても効率が大変悪く、ストレスの溜まるコミュニケーションになる可能性が高まります。
特に日本人は、他国の人と比べて同質性が高いため、そもそも「お互いがわかり合えて当然」という考え方のもとで日常的にコミュニケーションしていることが多いです。そして、言語的特性も加わり、結果的に、「解釈の幅が広い曖昧な表現(=高コンテクスト)」を使う傾向が高くなります。さらに、日本では家庭教育、学校教育の中で自分の考えや意見を明確に表現することが十分訓練されていないため、論理的に具体的に、わかりやすい言葉で話を組み立てることが苦手な日本人が多いのも事実です。
従って、外国人に対して少し複雑なことを理解してもらいたいときや、日本人にとって当たり前のことを説明するときなどには、「相手に話をする前に」伝えたい内容をノート上で整理し、「論理」と「構成」を明確にする行動習慣を身につける努力をしなければ、通常、外国人には伝えたいことがなかなか正確に伝わらないものです。
残念なことですが、日本企業の海外拠点で逐語通訳を介して現地社員にコミュニケーションするとき、通訳が日本人社員の話す日本語を正確に理解できず、推測して意訳せざるを得ないケースは実は大変多いのです。自分の学歴や知力を過信せず、「メモ」「ノート」で伝える内容を整理することは日本人として思考と行動をアップグレードする上で大変有益なことですが、日常的に意識しなければなかなか習慣化できない行動でもあります。
③「気づきを深める」ために「メモ」「ノート」をとる!
この行動が必要になる場面は「自分自身を振り返るとき」、つまり、自分と素直に向き合うときです。この場面や時間はかなり意識しなければ創ることができませんし、創り続けるためには強い動機をもつ必要があります。そのためには、自分の目標や、目標を達成するための努力の内容、解決したい内容などを明確にしなければいけません。そうすることによってはじめて、自分と素直に向き合う時間に自分にとっての「意味」を見出すことができるのです。
自分自身を素直に振り返ると、人はさまざまな「気づき」を得ます。それをノートに書き留めておくと、そのノートを捨てたり失くしたりしない限り「文字」として残りますので、必要なときにいつでも自分の視界に呼び戻すことができます。その繰り返しが意識を強めて「気づきを深める」ことに繋がるのです。その結果、潜在意識の中で「気づき」が何度も蓄積されていくことになるため、大切な「気づき」を忘れてしまうことは大変少なくなります。必要な場面で「気づき」を引き出しやすくなり、さらに次の新しい「気づき」に繋がり、その結果、「気づきを深める」連鎖が定着することになります。
スポーツ界では、野村克也氏(元楽天監督)の「野村ノート」や本田圭佑氏(サッカー日本代表)の「練習日誌」が有名ですが、ビジネスパーソンや経営者でも振り返りのための「自分ノート(仮称)」を活用している人は少なくありません。振り返りの時間は、すべての人が経験する日常の実務時間と異なり、いわゆる「隠れた努力をする」「自分を深める」時間に相当します。実務力だけでなく人間力という点でも思考と行動をアップグレードできる大変重要な時間なのです。知力、要領、運だけでなく、「素直さ」を持ち備えた人は、人間味があり、使う言葉にも重みや深みが伴い説得力が高まるものなのです。