株式会社 J&G HRアドバイザリー
代表取締役社長 篠崎正芳
今月は、多文化環境で、評価する「基準」をマネジメントするために、日本人マネジメントが新しく習慣として身につけたほうがよい筋のよい思考と行動についてお話します。
説明できる「勘」 V.S .説明できない「勘」
上司が「究極の勘」で部下を評価した場合は、相手にとって納得感のある説明をすることができますが、「いいかげんな勘」の場合は、そのレベルの説明をすることが難しいです。「究極の勘」とは、具体的に言葉で表現することが面倒くさいため敢えて説明せず感覚的に漠と判断しているだけで、説明を求められたら論理的にそれなりの説明ができるものです。一方で、「いいかげんな勘」とは、個人的な好き嫌いの感情、思いこみ、偏見などが影響しているため、説明する側にためらいがあり、適切な説明には至らないものです。
多くの日本企業では、目標管理制度を導入しても「基準」を決める思考と行動が停止しやすく、さらに、目標管理以外の「基準」も決して明確ではないのですが、最終評価や人材の登用には妥当性があるという奇妙な現象が起きています。文字とおり説明が大変難しい現象なのですが、「評価する然るべき人」が目標達成度とそれ以外の要素を含め、「究極の勘」で総合的に、あるいは、逆算的に判断していると考えるのが日本企業での評価実務の実態に合っているのだと思います。
しかし、海外拠点や日本本社で外国人をマネージし、多文化環境のもとでリーダーシップを発揮するためには、相手が日本人の場合と異なり、感覚的な漠とした判断を続けるのではなく、「究極の勘」を面倒くさがらず文字と言葉できちんと説明する新しい思考・行動習慣を身につけたほうがよいのです。
考え抜き表現する
まず、海外拠点あるいは日本本社で外国人部下を持つ立場に立てば、自分が「評価する然るべき人」であると認識することが必要です。次に、突き詰めた勘である「究極の勘」を裏付ける「基準」を頭の中から引き出しノートで整理することが大切です。会社として固定的に設定している「能力・行動」と異なり、特に毎年期の初めに部下と話しあって合意しなければいけない目標は、結果の数字や状態、そのための有効手段や活動について、まず上司として自分で考え抜くことが重要です。そして、相手に論理的にわかりやすく説明ができるレベルまでノートで整理を繰り返すことが大切です。担当部門や組織は、必ずしも経験が豊富な分野だけとは限らず、未経験分野を任されることもあります。ただ、上司の立場に立つと、経験の有無に関わらず、外国人からは基本的に「判断し決める人」と見られますので、日本で勤務しているときと同じように、いつまでも勉強モードを続けることは許されません。緊張感をもって猛烈に勉強し、脳に汗をかきながらでも考え、表現し、発信する行動が求められるのです。
率直に対等に議論する
部下に期待する目標がおおよそノートで整理できたら、それを文字でわかりやすく再整理し、面談前にメールで部下に送り、部下に理解し考える時間を与えておくことがフェアーです。面談当日にノートの整理メモをもとに初めて相手に期待することを伝えてもなかなか対等な話し合いになりません。同じ伝えるだけならメールで事前に伝えておく方が効率的といえます。面談当日は、改めて説明することから始めるのもよいですし、質問を受けることから始めてもよいでしょう。ポイントは、率直に対等に議論することです。そのためには、やはり上司として考え抜いた上で、相手からのいくつかの質問を想定し、それに対する納得感ある答えを用意しておくことがベターです。もちろん、想定外の質問、意見、主張を受けることもありますが、ひとつひとつ冷静に正しく理解し、誤解を解きながら、説得、妥協をとおして合意を形成しなければいけません。
一度合意したら、その後お互いに文句は言わず気持ちを切り替えて目標達成に向けて行動することが重要です。特に外国人部下は「上司が勝手に決めたことだから・・・」と後でモチベーションを下げがちです。本人の議論能力に問題がありフラストレーションを溜めているのなら仕方ありませんが、多くの場合は、率直で対等な議論ができていないことが原因のようです。また、上司も議論の中で不本意に譲歩してしまい、後で、「おまえは自分が達成できそうな甘い目標しか合意しない」と文句を言うケースもあります。本人にはっぱをかけるジョークならよいですが、本気の文句なら上司として判断したことを自己否定することになり、その後の日常的な判断の妥当性にも影響を与えることになりますので要注意です。
合意内容(=目的)を見失わない
多くの場合、日常業務をこなしていく時間の流れの中で、人は合意した目標を忘れてしまうことが実に多いのです。通常、合意した後、目標設定シートはPCの中で保存されるか、印刷した紙の形でクリアファイルかフォルダーの中に入れられキャビネットの中で保管されてしまいます。そして、中間面談あるいは期末面談まで一度も見ることがないという人も少なからずいるのです。人間は頭の中で全てを記憶として保存することは無理なので、時間の経過とともに記述した内容を忘れたとしても仕方ありません。それよりも、上司と部下がお互いに「行き先(=目標)」について意識が薄れた状態で日常的なコミュニケーションを続けることの方が大きな問題なのです。
合意した目標、具体的には、結果の数字や状態、それを達成するための有効な手段や活動などは、常に意識できる状態にしておくことが大切です。意識できる状態とは「視覚的に見える状態」です。心理学や広告研究の分野でも実証されているサブリミナル効果が代表的ですが、文字や映像が人間の視覚に飛び込んでくる頻度が高まるほど、それらは潜在意識の領域に深く入り込み、呼び戻しも容易になります。
具体的には、まず、イントラネット上で誰でも合意した目標にアクセスしてそれを閲覧できるようにしておくことが大切です。会社の組織規模にもよりますが、少なくとも部門内の目標は全ての部員が閲覧できる状態になっていることが望ましいです。ただ、掲示サイトにアクセスするというステップを踏まなければ目で確認できませんので、第一画面に「今期目標」というようなバナーを作ってワンクリックでサイトにアクセスできるようにしておくような工夫が必要です。
次に、視覚的に最も効果的なのは、大変原始的なのですが、自分が毎日目にする場所で自分の目標、上司の目標、部下の目標を見える状態にしておくことです。ノートに貼っておく。手帳に縮小コピーを挟んでおく。デスクに貼っておく。オフィスのパテションに貼っておく。スクリーンセーバーで流す。などなど様々な工夫例があります。
上司も部下も、記憶力を過信せず視覚効果を高める工夫をすると、今までと違って、合意内容をお互いに強く意識できる状態を維持できるようになります。その結果、目的を常に視野に入れた質の高いコミュニケーションと仕事ができるようになるのです。